354 源樹イヴへ!①

 激昂げっこうした叫びとともにナイフが投げつけられる。走り出したディノに腰を抱かれて、ジェーンはその凶器を避けた。


『源樹イヴのところへ!』


 思いもよらずディノと声が重なって、ジェーンは長身を見上げた。彼も目を丸めて驚いている。きっとジェーンが神鳥アダムと対話したように、ディノも源樹イヴと繋がりがあって、同じ言葉を受け取っていたのだろう。

 ふたりはうなずき合い、走る。すぐ後ろをロンが追ってきていた。離れないように互いの手を繋ぎ、巨幹きょかんを黄色く染め上げ紅葉こうようを秋風に揺らし、さらさらと手招く源樹を目指す。

 そのふもとの根っこレストランまで来ると、白い光の階段がほのかに瞬いて待っていた。階段は幹の周りを螺旋を描きながら伸び、遥かに高い光輪までつづいている。

 光の段差に一歩足を踏み出したとたん、ジェーンを強烈な既視感が襲う。

 この道を知っている。この光を辿ってきた。

 私はここからやって来たんだ。


「だいじょうぶか? ジェ……あ、いや。ロジャー様」


 ずっと黙っていたジェーンをどう思ったのか、ディノが気遣わしげに顔色をうかがってくる。ロジャーと呼ぶ声はなんだか歯に詰まらせたものでもあるようで、ジェーンは小さく笑った。


「これまで通りジェーンと呼んでください。そのほうが私も落ち着きます」

「そう、か。俺もディノでいい。そう呼ばれるほうがもう長いしな」

「大空の国ではロジャーは初代神官の名で、代々継承するのが習わしです。もしかしてディノのほうが本名ですか?」

「いや。俺たちの国では生まれた瞬間に御印が出る。それと同時に赤子は――」

「初代神官の名を授かる。そこは同じなんですね。私は十六歳になってから聖城に上がりましたけれど……」


 ディノは生まれてまもなく、源樹イヴに住みはじめたと言っていた。両親や親族の顔も覚えないまま引き離されたと知り、ジェーンは胸が痛む。

 家族を知らなかったディノにはじめて、そのぬくもりや愛を注いであげたのがロンだったのだ。ディノにとってロンの前で神官として振る舞うことは、距離を置くことよりもずっと心を引き裂かれる決別だったに違いない。

 ジェーンは繋ぎとめるようにぎゅっとディノの手を握り締めた。

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