353 御印の光輪③

「あ……あ……ジュ、ジュリーさま、ジュリー様……!」


 突然ロンはワッと顔を覆い、よろめいた。ディノの出で立ちに恐れ戦き、壁にぶつかって肩を震わせる。手の間からこぼれた涙がポタタと床を濡らした。


「ロナウド、ナイフを捨てろ。あんたの野望は叶わない。たとえ俺たちが子どもを作っても、それまでだ。人間の国は再建しない」


 ロンはうつむき鼻をすすっていた。

 ジェーンは今だと思い、全身の魔力を掻き集めて、手錠を水蒸気に創り変えていく。細くなったところでまたベッド柵に叩きつけて割った。柔軟加工を進めていたお陰で、さっきよりは楽に隙間を広げることができた。

 ベッドから立ち上がる。だが魔法を使った余韻で手足がしびれて倒れた。ディノがすかざす駆け寄って支えてくれた。そのぬくもりが、力強さが、やさしさが、心に張っていた壁まで創り変えたかのようにほぐれていく。

 しかしディノからはまだ、緊迫した空気が消えない。


「ロナウド、武器を捨てるんだ」


 ロンはまだ震える手にナイフを握り締めたままだった。


「ジュリー様、イヴ様のご意志に背いてはなりません……。イヴ様は人間の国が復活することを、望まれているのです……。それをあなた様が叶わないなどと……あってはならない。どうでもいい。叶うか叶わないかなど。我々は神のご意志に従うまで……ああ、それをっ、ああ……っ」


 白髪をロンは掻きむしりはじめた。ディノはジェーンを背にかばい、扉へと下がっていく。ジェーンはさっと鍵を外し扉を大きく開け放った。ロンがいつでも創造魔法を使ってきてもいいように身構える。

 まだ魔力は乱れていたが、逃げる隙くらいは創れるはずだ。


「神の意志……。それが本当にあんたの言う通りなのか。あんたがただ、自分の都合のいいように捉えているだけだろ」


 ディノの言葉に顔を上げたロンは、涙を流していた。しかし青緑色の目には憎悪の影が揺らめいている。

 唇を不気味な笑みで彩ったそこにはもはや、従業員から慕われていた慈しみも、息子を想う愛も残っていない。


「よりによってあなた様が神のご意志を疑うのか! そんなことをすれば神は怒り狂い、私たちから魔法を取り上げる! あの木偶坊でくのぼうどものように! 私たち人間が下劣種族にまで成り下がって堪るかあっ!」

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