11 私はだれ?③

「うちの演劇部のダグラスくんだね。彼から話は聞いているよ。……ダグラスくんはやっぱりきみに見覚えはないと言うんだけど、知り合いなのは確かなのかな?」

「私は、そう思っているのですが……自分でも確信は持てません」

「うん。それも仕方ないことだよ。気に病まないで。それで、どうかな。ダグラスくんは同僚とシェアハウスに住んでいるんだけど、きみもそこに住んでみるというのは」

「えっ。でも私、ダグにいきなり抱きついたりしてしまいましたし……」


 ふふっ、とロンは笑みをこぼした。見ると瞳にいたずらめいた光を湛えている。


「きみの情熱的なあいさつにダグラスくんも驚いたみたいだよ。でもきみに記憶障害の疑いがあるとわかった時点で、彼にも伝えておいたんだ。彼は元々怒っていなかったし、今は理解している。他のルームメイトもみんな、きみが来ることを歓迎しているよ。少しでも知り合いの可能性があるダグラスくんのそばがいいんじゃないかと思ったんだけど、どうだい?」


 最後に見たダグラスの困惑と憐れみに染まった眼差しがなければ、飛びつきたいほど幸運な申し出だった。

 星も出ていない大海原に放り出されたような私にとって、ダグラスは唯一見える希望の灯だ。それがたとえ私にしか見えていない幻だとしても、他にすがれるものはない。

 握り締めた拳に視線を落としたまま、私はおずおずとうなずいた。ロンは「よかった」と自分のことのように安堵の息をついた。


「それじゃあさっそくシェアハウスに向かおう。外は寒いからね。冬服を用意してみたんだけれど、年寄りが創ったものだから気に入ってくれるかどうか……」

「いえ、そんな! 用意して頂いただけでうれしいです。ありがたく着させて頂きます」

「ありがとう。僕は看護師さんと話をしてくるよ。用意ができたらきみもおいで」


 服が入った紙袋を渡しながらロンは「ナースステーションってわかる?」と首をかしげた。看護師から説明は受けていたので問題ない。私がうなずくと、ロンは年齢を感じさせないなめらかな所作で立ち上がった。

 清潔な身なりといい、やわらかな仕草といい、ロンからは気品とも言える風格が漂う。ジュリー女王の祖父と言われても納得だ。

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