12 私はだれ?④

 音を立てない老紳士の歩みをついつい目で追っていると、ロンは引き戸前で立ち止まる。


「なんとなく感じたんだけど、ダグラスくんときみはもしかして、親密な関係だったのかな……?」


 半身だけ振り返り、視線を合わせないまま言ったロンに私はドキリとした。返してもらえなかった抱擁ほうよう、彼がまとった他人の空気を思い出して痛む胸を押さえてうなずく。


「私とダグラスは恋人、でした。覚えている限りですが」

「そうだったんだね……。どうして行き違いが起こってしまっているのかわからないけれど、真実の愛ならいつか正されるはずだよ。きっと」


 ロンのなぐさめに私はなにも言えなかった。引き戸が閉まると同時にため息がこぼれる。

 気持ちを切り替えようとロンのくれた紙袋を開けた。中には裏ボアつきのダークブラウン色のパーカーに、モスグリーンのロングスカートとタイツが入っていた。

 そしてもうひとつの紙袋には、キャメル色のハイカットスニーカーが箱に収まっている。


「どれも暖かそう……。いい人に出会えてよかった……」


 ボアのふわりとした生地に顔を埋めて、私はしばらくひざを抱え息を殺していた。




 お世話になった看護師に礼を言い病院を出た時、あたりは暗かった。もう夜かと思ったが、ロンの車の後部座席から見えたデジタル時計は午後六時三十三分と表示されている。

 静かなエンジン音を奏で、車がゆったりと動き出してすぐに私は窓へ目を向けた。四車線の大きな幹線道路を走っている。バスやトラックに紛れて、対向車線を路面電車が走っていた。

 やがて車は線路を渡り、細い道に入る。すると花屋や居酒屋などの小さな店が、ぽつぽつと現れはじめた。線路沿いの商店街といった雰囲気だ。

 ちょうどささやかな公園前で車が赤信号に捕まった時、私はあ然とした。


「ロンさん、光の輪が宙に浮いてます!」


 夜の闇が広がるばかりの空に、淡い緑色の輪が浮かび上がっていた。


「ああ。それは源樹イヴにかかる光輪こうりんだよ。暗くて見えないかもしれないけど、枝葉をぐるりと囲んでいるんだ」

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