209 クリスの覚悟②
アナベラの息を飲む音がジェーンにも聞こえた。みるみると血の気が失せ、大量の汗を浮かべる女帝の前で、クリスはゆっくりと機械のボタンに指をかける。
「おまえ、まさかっ」
「あなたがジェーンに指示して、不正をおこなわせた証拠がこれだよ」
やめろ、という引きつった声は小型機械から流れはじめたノイズに掻き消された。
『アナベラ部長、これは犯罪ですよ』
最初に聞こえてきたのは、クリスのものと思われる震えた声だった。
『おやおや。今頃気づいたのか。でももうお前は私の共犯者だ』
『違う! 僕はあなたに指示されて……知らなかったんだ!』
『そおだねえ。かわいそうなクリス』
『触らないでください……!』
『ふんっ。告発したところでお前の言うことなんか誰も聞きやしないよ』
『やってみなきゃわかりませんよ』
『今日はずいぶんと生意気な目をするじゃないか。私は当然の権利を行使しているだけさ。ホチキス、のり、ペンだってなくなれば詰め替えを買う。経費で私物を買うのはそれと同じこと。仕事で消費された分を補充してなにが悪い』
『そんなのはただの屁理屈で――』
『おだまり! それ以上反抗的な口をきいたら、お前を犯罪者として突き出し、二度と創造魔法士の職に就けないようにしてやるよ!』
『そんな……! 僕には夢が、あって……』
『面接の時に言ってたねえ。演劇部の衣装を創りたいんだろ。大人しく言うことをきいてれば、お前は特別に目をかけてやってもいいよ』
『……はい』
『いい子だ、クリス』
カチリ。ボタンの音とともにテープレコーダーも沈黙する。誰もがたった今耳にした内容に言葉を失う中、クリスは伏し目がちにジェーンを振り返った。
「ごめんね、ジェーン。ずっと勇気が持てなくて、これを出すことができなかった」
クリスの手の中で、テープレコーダーがきしむ音を立てた。ジェーンは首を横に振る。
犯罪に加担してしまったと知った時の恐怖、不安は痛いほどわかる。夢を永遠に絶たれてしまうかもしれない絶望は、どんなにクリスを苦しめただろう。
それに録音からは、アナベラによる性的嫌がらせもあったことがうかがえた。女性でも口にしづらいことだ。男性の身ではなおさら知られたくなかったに違いない。
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