208 クリスの覚悟①

 誰もジェーンから目を逸らさなかった。安心させるように微笑み、うなずき、まっすぐに見つめる。それは園芸部員も清掃部員も、広報の男性も同じだった。

 そしてディノも若葉の瞳を静かにジェーンに注いでいた。わずかにうるんで見える光は喜びか、安堵か。惜しみないやさしさに、ジェーンは震えるほどのうれしさを噛み締めた。


「アナベラ部長」


 ジェーンはアナベラと向き合う。

 それぞれの信念のために、強くもやさしくもなれる敬うべき先輩たち。だからこそ彼らを連れてはいけない。


「もう終わりにしませんか」

「どういう意味だ」

「私は整備士を辞め、ガーデンを去ります」

「ジェーン!?」


 咎めるようにクリスが声を上げた。しかしジェーンは振り返らなかった。


「その代わりあなたも部長の座から下りて、ニコライさんたちには手を出さないでください」

「なんだって?」

「それを飲んでくださるなら、今まであなたがしてきたことをロン園長に申告するのはやめます」

「待てよ。あんたなに言い出すんだ」


 ディノに腕を引かれ振り向かされる。触れ合ったぬくもりが、あっという間に押し込めたものを解き放とうとしてきて、ジェーンは手に爪を立てた。


「ごめんなさい。でも、証拠がないんです。不正請求をアナベラ部長が指示したという証拠が……! 偽造領収書には私の字が書いてあります。なんであれ私は犯罪に加担してしまったんです。だから……っ」


 ふと、ひかえめな笑い声がこぼれ落ちてきた。見るとディノはおかしそうに口角をつり上げている。その顔はなにかを企み、まるで勝利を確信しているようだ。


「ディノ……?」


 まさか証拠を? と尋ねる前にアナベラの高笑いが響き渡る。


「そおだよジェエエエンッ! よくわかってるじゃないか! お前の無実を証明するものはなにもない! ひとりで勝手に出ていきな。私は告げ口されたって痛くもかゆくもないんだ! 父様に頼めば私が園長になることだってできるんだからねえ!」

「そんなことはさせない」


 凛としたテノールの声が場を打った。クリスがアナベラの前に立ちはだかり、鼻先になにかを突きつける。それは黒い長方形の小型機械のようだった。

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