168 ロンの真心①

「ダグ、外にはなにがあるんですか」

「きみを傷つけるものがいっぱい。俺から引き離そうとするやつもいる。外に行っても傷つくだけ。きみが苦しむだけだよ……」

「傷つく……苦しむ……」


 にわかにアナベラに突き飛ばされた衝撃、冷たい罵声、驚く清掃部員たちの視線を思い出し、目をぎゅっと閉じる。ジェーンは母を求める幼子のように、ダグの背中を掻き抱いた。


「いやです。もう傷つきたくないっ。苦しい思いをしたくない……!」

「うん。わかってるよ。だいじょうぶ。全部俺に任せて」


 息も奪うほどきつく締めつけてくる腕に、ジェーンは安堵を覚える。そのままうなじをついばむ甘いしびれに、そっとまぶたを閉じた。




 どこか郷愁を誘うメロディが流れていた。甘い夢からふと意識が浮上して、ジェーンはぼんやりと天井を見つめる。

 これは帰りの音楽だ。ガーデンはまもなく閉園らしい。

 そんな時間まで眠ってしまったのかと思わず壁を見たが、そこに窓はない。あたりを見回すと白いベッドがいくつも並び、午後五時になろうとする壁かけ時計の隣で、スピーカーが音楽を鳴らしている。

 時間経過のわかりにくい地下空間では、窓の代わりにスピーカーを設置して、音楽で昼夜を表現していた。

 どうやらここはロッカー室の並びにある救護室らしい。


「わたし……」


 まだ鈍く痛む頭に手をやり記憶をさかのぼろうとした時、扉の開く音がひかえめに響く。見ると紙袋を手にしたロンがいた。


「ああ、よかった。目が覚めたんだね」

「ロン園長、私どうしてここに……」

「廊下で倒れているところを見つけて運んだんだ。ラルフくんからね、昨夜の報告を受けて昼休みにきみの様子を見にいこうと思ったんだけど」

「それじゃあロン園長が助けてくださったんですか。すみません、ご迷惑をおかけして」


 ロンは丸イスを持ってきてベッド脇に座り、微笑みを浮かべながら首を横に振る。


「いいんだよ。生理の上に昨日の対応で無理がたたったんだろうね。でもそのお陰でガーデンは今日もつづがなく開園できた。きみには感謝しているよ。ありがとう、ジェーンくん」


 慈しみを湛えるロンの感謝に、ジェーンの頬もほころぶ。だがひとつ、耳慣れない単語があって首をひねった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る