192 解雇通達④

 なるほど。この風邪はニコライからもらった可能性が大きい。ラルフは花粉症でマスクをつけていたから、かからなかったわけだ。

 ジェーンは申し訳ないと思いながらも、クリスに購買部でマスクを買ってきてもらった。そして、レイジが呼んでくれたタクシーに乗り、大人しく帰宅する。

 人に感染うつる病気だと言われてしまえば、留まることは気が引ける。


「ジェーン、心配すんな。俺たちが女帝をなんとかする」


 よほど情けない顔をしていたのか、レイジは別れ際にそう励ましてくれた。ジェーンは力ない笑みを返すことしかできない。

 領収書の偽造や不正請求がアナベラの指示だったとどうすれば証明できるのか、なにも思いつかない。休んで、頭の中に居座る鉛がどいてくれれば、光明は差すのか。

 でも、なにもできなくても今レイジとクリスといたい。

 ロンに会って話を聞いて欲しい。

 わがままは口に出せないまま、車窓の向こうに同僚は遠ざかっていく。片手を挙げるレイジの横で、思い詰めたようなクリスの様子が気にかかった。


「あら。ジェーンも帰ってきたの?」


 シェアハウスに着くと、なんと出勤したはずのカレンがいた。ジェーンはびっくりして口を開いたが、そこから飛び出してきたのは咳だった。慌てて手で押さえる。

 カレンは気遣わしげに眉を下げ、ジェーンをリビングのソファに座らせた。


「ジェーンも風邪ひいちゃったのね」

「まさかカレンもですか……?」

「私じゃなくてプルメリアなの。今朝、車内で具合が悪くなって。会社に連絡入れて、そのまま病院に行ってきたところよ。私はつき添いで半休取ったの。今飲み物とか用意するから、着替えてベッドに入ってて。あ、手を貸したほうがいいかしら?」

「だいじょうぶです。ひとりで行けますよ」


 キッチンへ向かうカレンを見送り、ジェーンは手すりに掴まって階段を上がる。シンと静まり返ったシェアハウスはなんだか落ち着かない。

 自室に入る前、少し耳を傾けてみると手前の部屋からかすかにプルメリアの咳が聞こえた。

 部屋に下がってパジャマに着替える。いつもよりのろまな自分の手を眺めていて、ふと思い至った。


「もしかして私が、プルメリアに感染うつしちゃったのかも……」

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