193 炎症した心①

 クローゼット越しの隣室を見やり、くしゃりと顔を歪める。にわかに頭の痛みが重くなってきた。今はなにも考えたくない。その一心でベッドに潜り込む。

 しかし目を閉じたとたん、アナベラの意地悪な声が耳奥で響いた。


――クビだ。犯罪だ。


 ジェーンは頭を振り乱し、幻聴から逃げるように上かけをかぶる。背中を丸め自分を抱き締めても、ちっとも温まらない。恋人のダグがいる夢の世界へ行きたいのに、こんな時ばかり睡魔はどんどん遠ざかる。

 今頃アナベラ部長は、私が犯罪者だと触れ回っているの?

 ロン園長もあの証拠を見て信じてしまうのかな。知らなかったとはいえ、領収書を偽造してしまったことに変わりない。ガーデンからも、シェアハウスからも、私は追い出される。

 いけないとわかっていても、悪い思考を止められない。


「わたしは、いらないんだ……。いらない人間……なんの価値もない……。だから捨てられる。きっと両親も、ダグも……!」


 しばらくしてカレンがやって来たが、ジェーンは寝ているふりをして返事をしなかった。だけど彼女は見抜いていたようで、スポーツドリンクやゼリー、冷却シートを用意したと、ていねいに教えてくれる。

 最後にやさしい手が、上かけ越しに頭をなでていった。どうしてか、それが辛くて痛くて涙が込み上げる。

 ジェーンは歯を食い縛って、眠れない苦痛にただただ耐えるしかなかった。




 なにか物音が聞こえて、ジェーンの意識は浮上した。眠っていたのか、気を失っていたのか。上かけから頭を出してみると、窓から差し込む夕陽はまだ沈んでいない。

 コンッ、コンッ。

 さっきと同じ物音。これはノック音だ。そうとわかってジェーンは再びベッドに深く潜り込む。今は誰とも会いたくなかった。


「ジェーン、寝てるのか?」


 遠慮がちに尋ねてきたのはダグラスの声だ。ジェーンは思わず扉を見やる。すると許可もなく扉が開いた。


「開けちまえばいいだろ」

「って言ってるそばから開けてるし!」


 堂々と開けたのはディノだった。その脇で慌てていたルークは、ジェーンと目が合って笑みで取り繕う。肝心のダグラスは後ろに追いやられて、ディノの肩越しに目だけ出していた。

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