150 ジェーンの決意③

 頭から角を生やす仕草をするレイジと、手のひらを下に向ける身振りでなだめてくるクリスと目で会話しながら、ジェーンはさっそくブレイドの名前を使わせてもらう。

 怒り狂ったクマの形相もかくやというアナベラだったが、園芸部部長の名前を聞いて水をかぶったように鎮まる。すとんと席に着き、頬杖をついた口元には笑みすら浮かんでいた。


「そお。園芸部。泥くさい仕事なんてお前におあつらえ向きじゃないか。明日から午後はそっちに行きな」

「え。でも私は整備士として……」

「お前のような半人前、いないほうが手間が省けるんだよ」

「アナベラ部長、さすがにやり過ぎじゃないのか」


 そこへ割って入ったのはニコライだった。堂々とした歩みでアナベラの前に立ち塞がる。女帝の声は一瞬にして凶悪に染まった。


「ああ? なんか文句でもあるのか、ニコライ。お前の次男坊は確かまだ六歳だったね」

「それとこれとは今関係なっ、ゴホッ、ゴホッ」


 ところが突然、ニコライは体を折って咳き込んだ。気遣わしげに歩み寄ったラルフとは対照的に、アナベラは愉悦に唇を歪める。


「おやおや。体は大事にしないとねえ。若い奥さんと四人の子どもを路頭に迷わせたくないだろ」

「ゴホッ、ただの、咳で、大げさな」


 無理に声を絞り出したせいか、ニコライはますます苦しそうな咳をした。ラルフがイスに座らせようとするも、ニコライは手を振り払ってアナベラをにらみつける。

 レイジもクリスも、そしてノーマンも呆然としていた。事務所内の空気が、部長席を境にはっきりと冷え込んでいくのを肌で感じる。

 みんな女帝に抱く思いは同じだ。しかしそれを大人の矜持きょうじのため、家族のため、生活のため、ギリギリのところで今日まで押し込んでいた。

 それは大切な人やガーデンを守るためでもあった。

 だけどその危うい均衡を、私が崩している。


「……わかりました。明日から、園芸部に行きます」

「ジェーン……!」


 名前を呼ぶクリスのやさしさはわかっていた。ジェーンは笑みを見せて安心させるようにうなずく。


「ふふふっ。そのまま異動しても私は構わないよ、ジェエエエン」


 にたにたと勝ち誇った笑みを浮かべるアナベラに、ジェーンは爪が食い込むほど強く拳を握り締めた。

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