176 初めての遠出④

「寝ボケてるジェーンちゃん、おもしろ過ぎ」


 ルークがくつくつと笑う。


「しかも今『ダグ』って呼んだわよねえ」


 すかさずカレンがきらりとメガネを光らせる。口元に乗せた笑みは心なしか得意げだ。

 会心の援護射撃をしたつもりだろうが、その射線はジェーンの急所を貫いている。致命傷の羞恥ダメージだ。


「ちちち違います! 聞き間違いです!」

「ごめん。私も聞こえちゃった」


 遠慮がちに笑うプルメリアにあえなくとどめを刺され、ジェーンは固まる。もう言い逃れはできない。夢の中でこっそり愛称を使っていた痛い女確定だ。


「俺は、うれしかったよ」


 えっ、とジェーンは目を見張る。ダグラスは照れたような笑みを浮かべ、首をかしげた。


「なんか、ジェーンに『ダグ』って呼ばれるのすごくしっくりきたんだ。これからは気軽に呼んでよ。ディノもな」


 言葉尻といっしょにダグラスは目を上向ける。ディノは「気が向いたらな」と素っ気なく言って、ボックスシートを出ていった。

 車内のアナウンスがまもなく、〈シュヴァン湖駅〉に着くと告げる。キャンプ場の最寄り駅だ。


「行こうか、ジェーン」


 立ち上がって振り返り、ダグラスはほんの少しだけいつもよりゆっくりとジェーンの名前を紡ぐ。紫の瞳がなにを期待しているかわかり、胸がそわそわと震える。


「……はい、ダグ」


 ダグラスは満足そうな笑みをこぼし、ルームメイトが待つドアへ向かう。その背中を見つめながらジェーンは、唇に指を這わせた。

 ダグラスを愛称で呼ぶ友人たちを羨ましく思ったこともあるのに、なんとも味気ない。喜びに満たされると思っていた心は凪いでいた。


「恋人じゃない、からかな……」


 カレンに呼ばれてジェーンは違和感を振りきり、友の元に駆け寄った。




 ズッキーニ、パプリカ、トマト、とうもろこしを豪快に切っては串に刺し、網で焼いていく。彩りや形を気にする女性陣の横で、男性陣はふたつきグリルコンロから火を吹かせていた。

 ゴオゴオと燃える炎の中では、バーベキューの主役であるステーキやヴルストが炙られている。そんな火力では炭になるだけでは? とジェーンは思ったが、男たちはなぜか誇らしげに腕組みして炎を見つめていた。

 だがまもなく、カレンによって適正な火加減に直されていた。

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