159 緊急事態②

 息もつかせない発作的な咳に、ニコライは顔をしかめ痩身をよろめかせる。するとレンガ道につまずいたか、大きくたたらを踏んでアーケードの壁に手をついた。

 その瞬間、彼の手から魔力のきらめきがほとばしる。それは壁を伝って天井まで走ったように見えた。目を剥くジェーンの視線の先で、壁がぐにゃりと波打ち天井が震えはじめる。


「危ない!」


 ジェーンはとっさに走り出し、ニコライに向かって手をかざした。彼の後ろに鋼鉄の三角屋根がみるみる組み上がっていく。ジェーンは体当たりするようにニコライをそのシェルターに押し込んで、さっと壁に目をやった。

 この時自分がなにを想像し、どう魔力を扱ったのか覚えていない。三角屋根に次々と落下してくる雲レンガに恐怖を抱き、無我夢中だった。

 ニコライの魔法は一体どこまで影響したのだろう。まさか塔がまるごと崩落してくるなんてことは……!

 ジェーンは震える手でニコライを引き寄せ、鉄を破らんと襲いかかるあられがやむ時を、ただ目をつむって待った。

 抱き締めたニコライの体は驚くほど熱かった。


「ニコライ! ジェーン! 無事か!? 返事をしろ……!」


 ハッと息を呑み我に返ると、ラルフの緊迫した声が響いていた。ゴトゴトとレンガをどける音がするほうへ目を向けると、シェルターの入り口に赤いひげ面が現れる。


「ラルフさん……!」


 自分の声は震えていた。今になって涙がにじんできて、手足に力が入らない。しかしジェーンは、抱えたニコライの体温が異様に熱いことを思い出した。


「ニコライさんの体が熱いんです……!」

「よし。よし。ふたりともそこにいるな。わかった。今出してやるからな。ほら、ニコライ。まずはお前からだ」

「すまない……」


 ラルフが差し伸べる手をニコライは弱々しく掴んだ。腰を上げようとしてよろめいた体を、ジェーンも後ろから支えそっと押してやる。

 すぐに戻ってきたラルフの手を借りてジェーンがシェルターから出た時、あたりには割れたり欠けたりした雲レンガが散乱していた。

 おそるおそる天井に目を向ける。塔の床はまだそこにあった。なにか光沢の放つもので補強してあるらしく、それが崩落を防いでいる。

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