216 ケーキと恋ばな①

 いつも見ている整備部事務所の光景が戻ってくる。そのことに緊張の糸が切れたのか、思い出したようにのどがヒリヒリしはじめた。

 ひかえめに咳をするジェーンの脳裏に、きっと今頃シェアハウスでひとり、病魔と戦っているプルメリアの姿が浮かんだ。




 コンッ、コンッ。


「……あれ。ジェーン?」


 プルメリアの部屋の扉をノックすると、返ってきたのは不思議そうな声だった。思ったよりも張りのあるそれに安堵しつつ、ジェーンはそっと扉を開ける。

 プルメリアはベッドヘッドにもたれて雑誌を読んでいた。


「その服……もう出歩いてだいじょうぶなの?」


 ジェーンが外出着姿なのを見てプルメリアは小首をかしげる。どう伝えたものかジェーンは少し迷い、苦笑を浮かべた。


「ちょっとガーデンに片づけたい仕事があって、行ってきました。今平気ですか?」

「うん、もちろん。そこ座って。退屈してたとこなの」


 プルメリアが勧めてくれたベッド脇のイスに腰かけ、ジェーンは下げてきた白い箱を掲げてみせた。


「いいものを買ってきたんですよ!」

「わあっ。なになに?」


 ジェーンは箱を開けてプルメリアのひざに乗せてあげる。中を覗き込んだ彼女は、子どものように目を輝かせた。


「ケーキだ!」

「ストロベリームースケーキとブルーベリームースケーキです。プルメリアの好きなほう食べていいですよ」

「いいの? どっちにしようかなあ」


 プルメリアが悩んでいるうちにジェーンは皿とフォークを二組みずつ創り出した。そしてプルメリアが選んだストロベリームースケーキを皿に乗せてあげる。

 弱っていても食べやすいなめらかなムースと、さっぱりした甘みのくだものを使ったケーキを選んだのは正解だった。プルメリアはひと口食べた瞬間、頬をゆるませ「何個でも食べれちゃう!」と言ってくれた。


「熱はどうですか」

「昨日より下がってるよ。ジェーンは?」


 ジェーンは思わず額に手をやった。今朝はアナベラのことで頭がいっぱいで、熱を測っていない。「たぶん、だいじょうぶです」と言うとプルメリアはくすくす笑った。


「それじゃわからないでしょ。ちゃんと計らないと」

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