38 新人の仕事?①

 問いには答えず、クリスは扉の向こうに消えていく。入れ替わるように、ロンを見送ったアナベラが戻ってきた。パタン、と扉の閉まる音がやけに響く。


「ふーっ」


 大きくて深いため息がこぼれてきた。ジェーンはアナベラの顔を見て目を見張る。そこに柔和な笑みはなかった。口はひん曲がり、目は淀んで、ピリピリした空気を放っている。


「記憶障害だって? よりによってとんでもない役立たずを連れてきたもんだよ、あのジジイ」


 腕を組んだ上司から放たれた声は、とても同一人物とは思えないほど低く濁ったものだった。

 アナベラはうんざりした顔でジェーンを見やる。その圧にジェーンがひくりと肩を震わせると、眉間にしわを刻んでますます顔をしかめた。


「来な。お前の仕事場はこっちだよ」


 相手の豹変ひょうへんについていけないジェーンの腕を掴み、アナベラは廊下へ引っ張り出す。そして整備部と清掃部の間にあるトイレまで連れてくると、入り口に向かってジェーンを突き飛ばした。


「ここを掃除しな」


 茶色の目がギラリとジェーンをねめつける。


「いいか。床は水洗いしてモップをかけるんだよ。便器もひとつひとつ隅々まで磨くんだ。もちろん手洗い場もね。ゴミは事務所のものとまとめてゴミ捨て場まで持っていくこと。わかったね?」


 ジェーンは困惑した。事前にロンやダグラスから聞いていた仕事内容と違う。


「あの、でもロン園長は整備士の仕事は遊具の修繕や創造だと」

「おだまり! そういうのは経験を積んだ魔法士のすることさ。お前のような知識も実力もない新人の仕事は、トイレ掃除と決まっているんだよ」


 胸に冷たく重い石がのしかかった。魔法は使えても、記憶のないジェーンは創造魔法士として素人であることは否めない。


「私の経験不足は認めます。でもだからこそ、アナベラ部長や先輩方からご指導頂き、学びたいんです」

「ふん。そういうことはトイレ掃除を完璧にやってみせてから言いな。事務所の掃除と合わせて昼休みまでに終わらせたら、次の仕事をやるよ」


 ジェーンはさらに言い募ろうとしたが、アナベラはさっさときびすを返し事務所に戻っていってしまった。

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