37 最悪の第一印象④

 だが、紙面にジェーンの影がかかると、すばやく閉じてバインダーの下に隠した。


「なに」


 アルトの声色がそっけなく問いかけてくる。


「あの、クリスは愛称ですか?」

「それがどうしたの」

「私までそう呼んでいいのか迷ったものですから……。えっと、クリスティーンと呼んだほうがいいですか?」


 同世代の女性同僚となにがなんでも仲よくなりたかったジェーンは、謙虚な姿勢を意識して微笑みかけた。ところがクリスは振り向くや否や、噛みつかんばかりの目でにらんでくる。

 ジェーンはとっさに名前を間違えたのだと思った。


「あっ、すみません! クリスティーナさんでしたか!?」


 だがどうしたことか、クリスの顔はますます凶悪に歪んでいく。思わずたじろぐジェーンの耳に、噴き出した笑い声が飛び込んでくる。

 見ると、クリスの斜め前の机に突っ伏したレイジの肩がひくひく震えていた。声は押し殺しているが、明らかに笑っている。

 クリスはフードに包まれた頭に向かって消しゴムを投げつけた。それでもレイジの笑いは収まらなかったが、クリスは無視して書類を掻き集めはじめる。スケッチブックもいっしょくたに抱え立ち上がる彼女を、ジェーンは慌てて引き止めた。


「あのっ」

「ク、リ、ス、ト、ファー」


 一音一音、投げつけるようにクリスは発する。青い眼光が鋭くジェーンを貫いた。


「呼びたいならそう呼べば? 僕、男だから」

「えっ。え。え?」


 男性名を口にされ、はっきり男だと告げられてもジェーンはすぐに理解できなかった。

 クリスの身長は自分と変わらず、手足は人形のように細い。なにより幼さの残る顔立ちは、ジュリー女王役のプルメリアと並んだってまったく引けを取らなかった。

 クリスがわざと肩をぶつけながら通り抜けていった時、ジェーンの心臓はようやく失態にすくみ上がった。もつれる足でクリスに追いすがる。

 だが、手が届く前にクリスは振り返り、冷ややかな視線をジェーンに浴びせた。


「別に、覚えなくてもいいけどね。だってきみ、ここ向いてないから。さっさと辞めたほうがいいよ」

「そ、んな。どうして……」

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