36 最悪の第一印象③

 震える手が持ち上がり園長を指さそうとした時、男の銀髪頭はアナベラに容赦なく押さえつけられた。


「申し訳ありません、園長。もう一度よく言い聞かせますので」


 男性の頭をわし掴みにしているとは思えない優雅さで、アナベラは微笑む。その手のひらの下で遅刻男はちょっと苦しそうにもがいていた。


「急いでいると事故が起こりやすくなるからね。特にきみたち整備士の仕事は、不備があるとお客様に怪我をさせかねない。普段から心と仕事にゆとりを持って取り組んでね」

「はい。肝に命じておきますわ」


 豊満な胸に手をあて深くうなずいたアナベラの目が、ジェーンへと移る。上司は困った笑みを浮かべながら遅刻男のショートローブをむんずと掴み、今度は引き起こした。


「見苦しいところ見せちゃったけど、彼がレイジよ。ウチの中堅ってところかしら。これでも」

「アナベラ部長、紹介が雑なんすけど」


 苦笑いを浮かべたレイジは、身をひねってアナベラの手から離れた。乱れた髪やローブを直しながらジェーンを一瞥いちべつする。しかしなにも言わずに、後ろでひとつに結んだ髪をローブのフードで隠して席に向かった。

 褐色の肌に銀髪が映える美丈夫だが、目は眠そうにまぶたが下りている人だ。足をするような歩き方やドカリと座る仕草は、朝だというのにもう疲れている様子だった。


「うん。あとは夜勤でいいのかな?」

「ええ。ニコライとラルフは出勤してきた時にまた紹介しますわ」


 アナベラとそんなやり取りを交わしたロンは、ジェーンに向き直り肩にやさしく手を置いた。やわらかな微笑みに彩られて、青緑の目に浮かぶ慈しみがいっそう輝く。


「では、ジェーンくん。僕はこれで失礼するよ。わからないことはなんでもアナベラ部長や先輩たちに聞きなさい。期待してるよ」

「はい。ロン園長に恩返しできるようにがんばります」


 心細さを押し込めてジェーンはしかと見つめ返した。ロンはせつな笑みを深め、扉へきびすを返す。そのあとをアナベラが追い、ふたりは廊下に出た。話し声がかすかに届く。

 書類を挟んだバインダー片手に扉へ向かうノーマンを避けつつ、ジェーンはクリスにそろりと近づく。彼女はスケッチブックを広げてなにやら熱心に書き込んでいた。

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