35 最悪の第一印象②

 ハグ、いや、腕とふくよかな体に締めつけられて、頬に熱烈なキスを受ける。口紅がついたのでは、とジェーンは肝が冷えた。

 だが表面上は持てる限りの愛想をひねり出して、笑みを繕った。


「さあみんな、集まってちょうだい! ジェーンちゃんと顔合わせして!」


 アナベラが手を叩いて部下を呼ぶ。みんなと言ってもマウンテンバイクの女の子だけでは? と思ったジェーンは、奥の端の席から男性が立ち上がったことに驚いた。


「彼はノーマン。こう見えてガーデン開園当初からいる古株のひとりなの」

「ははは。よろしくお願いします、ジェーンさん」


 アナベラからひじで小突かれて薄笑いをこぼしたノーマンは、中肉中背の男性だった。さっぱりと短い黒髪で、前髪を真ん中で分けている。一重まぶたの黒い目はどこか焦点が合わない。

 陰影の薄い顔立ちのせいか、うつむきがちな佇まいのせいか、まとう雰囲気もひかえめな人だった。


「そしてあなたのひとつ上の先輩にあたるのが、このクリスちゃんね」


 マウンテンバイクの少女クリスを示して、アナベラが紹介する。先輩と言ったがクリスはどう見てもジェーンより年下だった。学生と言われても驚かない。

 ジェーンは親しみを込めて微笑みかけたが、クリスは会釈だけして席に戻ってしまった。


「うん? アナベラ部長、今日の出勤者はこれで全員かい? 人数が少ないようだけど」


 机の空席が目立つ事務所内を見回してロンが首をひねる。するとアナベラはやけに高い声で笑って、腕時計をサッと確認した。


「レイジがどうやらまた遅刻のようですわね。嫌だわ、何度も注意はしているんですけれども」


 噂をすればなんとやら。その時、扉が勢いよく開いてスケートボードを抱えた男が飛び込んできた。


「セーフ!」

「アウトですよ、レイジさん」


 机にバインダーやスケッチブックを出しながら、クリスが淡々と指摘する。


「なんでだよ! 九時ぴったりじゃねえか。セーフだろ」

「レイジくん。九時には業務に取りかかれる状態でいて欲しいんだよ」


 壁かけ時計を見上げ反論する男に、ロンはおだやかな口調で声をかけた。遅刻男は弾かれるように振り向き、水色の目をぎょっと剥く。

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