186 雨のカーテンに包まれて③
「でもそれが、どこにしまったかわかんなくなっちゃってさ。俺昔から整理整頓苦手で……。母さんに探してもらってるんだけど、難航してるみたい。ごめん。もうちょっと待っててくれる?」
「探してもらっているだけでありがたいです。いくらでも待ちます。すみません、私こそお手伝いしないで」
「いや別に……ああ、そっか。それもいいかも」
唐突に表情を明るくしたダグラスに、ジェーンは目で問う。
「俺の実家来てさ、母校とか町見たりすればなにか思い出せるかも。案外ジェーンの両親が近くに住んでるんじゃないか」
ダグラスの実家と聞いて興味を掻き立てられた心は、急速にしぼんでいった。
両親と言われてもピンとこない。その存在はジェーンにとって、ルームメイトや職場の先輩たちよりも遥かに他人だ。
会いたい気持ちよりも先に戸惑いが生まれる。
「両親に、会ったほうがいいんでしょうか」
「もちろんだよ。向こうだって必死にジェーンを捜してる」
「本当に捜しているんでしょうか」
「当たり前だろ。ジェーンは大切な子どもなんだから!」
「大切……子ども……?」
ダグラスは息を詰め、なにごとか言いかけた口を閉ざした。まるで衝撃を受けたかのようなその横顔に、ジェーンはぽっかりとあいた空洞に気づかされる。
そこにはきっと、両親への愛や慈しみがはまっていた。
けれど失くしたものを嘆く痛みも悲しみも忘れた。それがどんなに大切だったか、ダグラスの揺れる瞳を見て想像するだけだ。
「不思議ですね」
吸い込まれるように美しいアメジストの光に映されて、ジェーンは微笑む。
「両親も自分のことも忘れてしまったのに、ダグのことは覚えていました」
こぼれんばかりに見開かれた目から、ジェーンは傘を持つダグラスの手へと視線を移す。そこに浮かび上がる赤いアザを包むように手を添えた。
ここにキスされるのを彼は嫌がっていたけれど、そのショックで思い出してくれないかな。
本で読んだ王子のキスで目覚める姫の話が過り、本気でしちゃおうかしらといたずら心がうずく。
けれど唇を寄せる前に、ダグラスの手はパッと離れた。
「ジェ、ジェーン。そういうの無自覚でやってるならやめたほうがいいよ」
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