250 ウソつき④

 ハッと我に返り振り向く。慈愛の色を目に湛え、深い理解の微笑みを浮かべたロンがいた。

 車は赤信号で停止している。


「やめろ。いいんだ、もう。知らないほうが幸せな真実だってある。ジェーンをそっとしておいてやってくれ」

「ふうん? でもどうやらジェーンくんは、ダグラスくんとケンカでもしたみたいだよ。ボートから降りたジェーンくんは逃げるように走り去ったからね」


 いたずらめいたロンの笑みを見てしまった瞬間、まだ強く引きつけられている自分の心に気づかされた。そして、ロンが次になにを言うかわかってしまう。

 それはディノの頭に響いた声と同じだ。


「チャンスなんじゃないかい」

「うるさい! あんたは別の目的のために俺とジェーンを利用しようとしてるんだろ。俺は駒になるつもりはない! 諦めてくれ」

「……そうか。きみがそこまで言うなら仕方ないね」


 そう言うなりロンは大胆にハンドルを切って、対向車線へと向きを変えた。よろめいたディノは、ロンから物々しい空気を感じ取り凝視する。


「ロン、どこに行く気だ」

「ん? シェアハウスに帰るんだよ。きみとの話はもういいからね」


 声も表情も平生と変わらないが、ディノには父が知らない仮面をかぶっているように見えた。


「もういいってなにを企んでる。諦めたわけじゃないだろ!」

「きみのことは諦めたよ、ディノくん。きみがよかったけれど、かわいいひとり息子に嫌われるのは僕も辛い」

「じゃあジェーンは!?」

「彼女には別の男をあてがうことにする。ああ、ダグラスくん以外のね。彼ではダメだ。意味がない」

「別の男だと……! ジェーンをなんだと思ってんだ! ふざけるな! そんなことさせるか!」


 息子が激昂げっこうし掴みかかることを、父は予想していたのだろう。運転が乱れる前に車を路肩に停め、サイドブレーキをかける。

 服を引っ張る乱暴をやめさせることもなく、ロンは微笑んでいた。


「それが嫌だと言うならきみが相手になればいい。僕もそっちのほうがうれしいんだ。全力で応援するよ」


 止めに入るよう仕向けられたのだと気づいて、ディノは突き飛ばすように手を離した。


「あんたの企みがわからない以上、話に乗るわけにはいかない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る