26 よろしくねジェーンさん④
いくら同級のようにと言っても、私とダグラスの間にはまだ大きな隔たりがある。愛称で呼んでも彼は怒らないかもしれないけれど、それは私のわがままで、望まれてはいないとわかっていた。
「ありがとう、ダグラス。みんな、よろしくね」
私はいったん廊下でカレンとプルメリアと別れ、自室となる奥の部屋に下がった。扉を閉めて電気をつけたとたん、ため息がこぼれる。
少し疲れた。まぶたが重い。
初対面の人に対して心が強張ってしまうのは、生来の性質なのか。記憶を失った私にみんながやさしくしてくれるのはうれしいけれど、私はなにも返すことができないとも考えてしまう。
「えっと、クローゼットはあれかな」
壁に埋め込み式のクローゼットを見つけて開ける。カレンとプルメリアが、ロンに頼まれて下着類やパジャマ、部屋着をいくつか用意したと言っていた。
衣装ケースの中にそれらを見つけて、またため息が出てしまう。
「ロン園長にこの恩返せるのかな」
いくらだったのか想像もつかない入院費のことがちらつき、軽くめまいを覚えた。
少し風に当たりたくなって、机のかたわらにある窓辺へと立つ。レースカーテンを避けて、両開きのそれを開けた。
ふわりと夜風が舞い込む。あたりは閑静な住宅街で、外灯やカーテン越しの部屋の明かりがぽつぽつとついている様子が見えた。前の道路を歩く人はまばらで、時々思い出したように車が走り抜けていく。
風に乗って電車が枕木を叩く音がかすかに届いた。
「……仕事、がんばろう。今私にできることはそれしかない」
外は寒かったけれど窓は開けたまま、壁際のベッドに突っ伏した。ベッドマットとシーツ、上かけは干しておいたとカレンが言っていた通り、まだほのかに太陽の熱を宿している。
「ジェーン。私はジェーン。ジェーン、か」
心地いい熱に頬をすり寄せながら、決まったばかりの名前をつぶやく。まだ違和感でも抱ければましだったのだろうが、その名前に対して私は実感が持てないというだけだった。
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