163 希望の夜明け②

 なんだか無性にうなじがムズムズする心地だった。いつになくまじめなラルフに、ジェーンははにかんで前を向く。


「それは無事に片づけが終わってから言ってください」

「それもそうだな、っとお」


 勢いをつけてラルフは立ち上がり、尻の土埃を払う。その手がやけに強いのは照れ隠しだろうか。ジェーンも飲み物をもうひと口含んでから、腰を上げた。


「希望の小皇女様のためにも働きますか!」

「そのあだ名まだ使ってたんですか」


 互いににやりと笑みを交わして持ち場に戻る。

 あれ? 青い金属に手をかざした時、ジェーンはすぐに手応えの違いを感じた。金属が突然、布に変わったかのように軽い。自ら進んでジェーンの魔力にすり寄り、身をゆだねてくる。

 ジェーンはラルフを見やった。この変化は心の影響だろうか。天井を仰ぐ先輩はこちらに背中を向けているが、互いを結ぶ一本の絆をはっきりと感じる。ほんのさっきまでなかったものだ。

 認め合う存在。任せてくれる信頼。背中を預けられる仲間。それが風となってジェーンの背中をトンッと押す。


「なんだか楽しい……」


 消耗した魔力は戻らない。体に蓄積した疲労は意識を鈍らせ、まぶたを重くする。しかしジェーンの口元には微笑みが浮かんでいた。




 かくんっ、と首が落ちた拍子にジェーンは目を覚ました。すると強い陽光が目に飛び込んできて顔をしかめる。

 ここは外だった。どこかのレンガ道に座り込んで、眠りこけていたらしい。


「……なんで」


 まだ半分も開かない目であたりを見ると、横でラルフがいびきをかいていた。周りの壁を無闇に叩き回る大音響に、ジェーンの意識は一気に覚醒する。


「壁!」


 飛び起きた拍子にラルフが地面へ倒れたが、ジェーンの目はアーケードの壁に釘づけになっていた。

 床から天井までクモの巣のように張っていた補強の壁は、跡形もない。雲レンガは陽光を受けて、純白に輝いている。どこを叩いてみてもやわらかくなっている箇所はなかった。


「床。天井は」


 ジェーンは次に床に這いつくばり、手で触って少しもひびのないことを確かめた。そのまま首を反らし見上げた天井も、すっかりきれいなアーチを描いている。

 そしてあたりにあった三角屋根のシェルターは、なにごともなかったように消えていた。

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