164 悪夢①

 ジェーンは安堵の息をついて額に手をやる。すべての片づけが終わった時の記憶が、今になってあふれてきた。


「そうだ。四時半には終わって、ちょっと休憩しようってなったんだっけ。そのままふたりとも寝ちゃったんだ……」


 ジェーンはラルフの元に戻り、彼の腕時計をちょっと拝見した。八時七分。始業時間までまだ余裕がある。ジェーンは壁に背中を預け、しばし朝の澄んだ空気を肺いっぱいに取り込んだ。

 あと二十分くらい大きないびきを響かせても、鳥たちだって許してくれるだろう。




「遅いねえ、まったく。コピーに何時間かかってるんだい」


 事務所前で待ち構えていたアナベラにそう嫌味を言われたのは、広報部のコピー機を借りに行った帰りのことだった。もちろんこれもアナベラに言いつけられた雑用だ。

 十分もかかってない。ジェーンはムッとしたが、昨夜の疲労と眠気から言い返す気力が湧かず「すみません」とてきとうに流す。


「来な」


 ところがアナベラは唇をひん曲げ、ジェーンの腕を突然引っ張った。痛いほどの強さに思わず足を突っぱねるものの、無理やり女子トイレへ押し込まれてしまう。

 アナベラは出口を塞ぐように仁王立ちした。


「さっきねえ、若い男が三人、お前を訪ねてきたよ。『ジェーンはいますか』『ちゃんと出勤してますか』とね」


 ジェーンはすぐにダグラスとルーク、ディノだと気づいた。

 昨日の事故処理に追われ、シェアハウスに電話を入れることもできなかった。そしてそのまま出勤してしまったのだ。ルームメイトたちには心配をかけたに違いない。

 今追いかければ三人に会えるだろうか。しかしアナベラがずいと詰めてきて許さない。


「男をたらし込むことだけは一流のようだね、この薄汚いネコが!」

「や、痛い! やめてください……!」


 ふたつに結ったおさげ髪をわし掴みにされて、ジェーンは嫌がる。振り払おうとした時爪が当たり、アナベラの鋭い舌打ちがトイレに響いた。

 次の瞬間、ジェーンは強く突き飛ばされ尻もちをつく。コピーしてきた書類が床に散らばった。


「ああ。汚い水で濡れちまったね。コピー、やり直してきな。今すぐだよ!」

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