325 裏神話⑤

 そこでいったん言葉を切り、ロンは覗き込むように身を乗り出して、ジェーンの目をひたと捉えた。


「両親もダグラスくんも死んだ世界を」

「そ、それはおかしいです。だってダグはいっしょに暮らしてます……っ」

「じゃあディノくんはウソつきだね」

「ちがっ。ディノは理由もなく人を傷つけるウソをつく人ではありません……!」

「それこそおかしい。矛盾してるよ」


 その言葉は、刃物を突きつけられたようにジェーンの心を震え上がらせた。指先から体温が奪われ、ふらついた足は無意識にあとずさる。

 なにも言葉が浮かんでこない頭には、自分の乱れた呼吸音だけが響いていた。


「それは、それはきっと、ディノがなにか勘違いをして……」

「ディノくんには妄想癖がある」

「ロン園長……?」

「両親を失ったショックで、時々現実と妄想の区別がつかなくなるんだ。それもあって友だちがなかなかできなかった。だからディノくんにウソをついたつもりはない」


 ソファをきしませながらロンは腰を上げた。靴音をゆったりと響かせて近づいてくる。


「そういうことだね、ジェーンくん。きみの言いたいことは」

「それが真実なんですか……っ」


 震えそうな声を絞り出しながらジェーンは足を引いた。しかし、かかとが壁にぶつかって阻まれる。絵画がかかった壁を振り返り見た時、ロンの腕が遮るように伸びてきた。

 驚くジェーンを瞳に閉じ込めて、ロンはとろりと微笑む。


「真実なんて立場が違えば変わるあやふやなものだよ。ディノくんにとっては妄想が真実だ。でもダグラスくんは生きている。信じたいほうを信じればいい。それがきみの真実になる」


 ジェーンの肩から胸元に流れる髪をひと房すくい上げて、ロンは口づけを落とした。言い知れないものが背筋を駆け上がり、ジェーンはロンの手を振り払って顔を背ける。


「私があなたの養子になるのは、ディノが解放された時です。それに、信じるとしてもそれはあなたの言葉ではありません」

「……そう。いいよ。わかった」


 ロンの気配が遠ざかっていく。けれど声になにか含みを感じて、ジェーンは粟立つ胸を握り締めた。

 神話時代の国の再建、その願望のための養子縁組。ロンが欲しているのは本当に、優秀な創造魔法士だけなのだろうか。

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