59 ふたりきりのお弁当作り②
「みんなの弁当手伝ってるジェーンがいてくれると心強いよ」
じゃあ野菜切ってくれるか、と言われてジェーンは包丁片手にまな板の前に立つ。ダグラスが洗って皮剥きしたにんじんやタマネギ、ピーマンを黙々と切っていくのは、嫌いではなかった。
包丁捌きもなんとなく体が覚えている。記憶を失う前の自分は、少なくとも自炊経験があるようだ。
最後にウインナーをひと口大に切って、油をひいたフライパンを温める。隣のコンロではダグラスがたっぷりの水を入れた鍋を火にかけ、乾燥パスタを用意していた。
ルームメイトとの料理経験差を気にしていた面影はもうない。ともすればその横顔は、鼻歌でも口ずさみそうなほど機嫌がいいように見える。
ジェーンは切った野菜とウインナーをフライパンに移し、ヘラを持って緊張した。
新しい共同生活、新しい仕事をはじめてダグラスとのことは一時保留にした。なんなら、自分が記憶障害と知って忘れようかとも考えた。
けれどそれを許さないかのように、時々昔の夢を見る。ジェーンの胸にはダグラスへの愛しさがあふれて、夢の中の彼もまたジェーンに抱く愛と欲望を隠そうとしない。
触れ合えばまるで現実のようにぬくもりを感じて、身の奥に潜む熱を誤魔化せなくなる。容赦なく植えつけられる幸福を、手放したくないと願った瞬間に訪れる目覚め。どんなにしっかりと彼を抱き締めていても、現実はひとりぼっちだ。
なぜダグラスの鮮烈な夢を見るのか。
なぜこの心は、彼は恋人だと訴えるのか。
疑問は日に日に増していく。
ジェーンは具材を炒める手元に視線を落としたまま、震える唇を開いた。
「ダグラス。私たちは、その……知り合いではないですか……?」
恋人とは怖くて聞けなかった。
「あー……。それ俺も気になって考えてたんだけどさ……」
沸騰した鍋にパスタを入れながら、ダグラスは言葉を探すように言った。彼をまた困惑させることは忍びなかったが、それ以上に自分のことを考えていてくれたことがうれしい。
つい期待の眼差しで見てしまうジェーンを一瞥して、ダグラスはパスタレードルで鍋を掻き回す。
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