296 ロンの提案③
ぽんっと肩を叩くレイジと手を振るクリスを、ジェーンも笑顔で見送る。
しかし内心は少し緊張していた。園長自らがわざわざ話なんて、つい思考が悪いほうへ流れる。最近やらかしたことは、なにもなかったはずだけど……。
「僕はずっときみに、謝らなければならないと思っていたんだ」
組んだ手に視線を落とし、歯切れ悪くロンがそう切り出したのは、ふたりの皿がからになってからだった。
「きみに両親の手がかりや、なにか情報を掴んだかと尋ねられる度、僕は自分の無力さに打ちひしがれたよ……。きみと出会ってもうすぐ一年が経とうとしているのに、いい知らせをひとつも持ってきてあげられない。本当にごめんね……」
「そんな。ロン園長が謝られることではありません。もうすでに十分過ぎるほどよくして頂いています。これ以上望むなんて、
ロンをかばう言葉にウソはなかったが、ジェーンは落胆にも似た複雑な思いを止められなかった。これだけ長い間なんの情報も掴めないとなると、いよいよ目を背けていた可能性と向き合わなければならない。
それは、自分が家族から見放されているということだ。いなくなった娘を両親が捜していないのなら、警察に捜索願いが出されていないこともうなずける。
あるいは、元より天涯孤独の身だったか。
ジェーンの中に両親への特別な思いは残っていない。しかしその存在は自分を知り、ダグラスとの思い出を確かめる希望だった。
「……もう、いいんですよ。私には素晴らしい友人と同僚、そしてやりがいのある仕事があります。それだけで……」
とたんに怖くなり、言葉がのど奥で詰まる。
過去を捨て、今を取る。それはダグラスと恋人だった自分には戻らないということだ。いや、戻れない。なにもかも失った今の自分は、過去の自分とはきっとなにかもが違う。
“ジェーン”という人格を受け入れたら、過去の自分は死ぬ。
ダグラスが愛してくれた“私”は、“ジェーン”に塗り潰される。
知らず知らず強張っていた肩に触れられて、ジェーンはびくりと顔を上げた。
「せめてもの償いではないけれど、きみの不安を少しでも軽くさせてくれないかな」
「ど、いうことですか」
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