32 初出勤⑤

「カレンもルークも大変だろうなあ」


 もっと苛酷な着ぐるみ担当のルームメイトを思いながら、ジェーンはせっせと服を脱ぎ制服の袖を通していく。

 ブーツをはいておしまいかと思ったが、ロッカーの奥には棚があった。そこには太めの白いベルト、青いグローブ、そして青のショートローブが置かれていた。


「私も神話の住人になったみたい」


 フードつきショートローブを羽織り前を金具で留めて、ジェーンは扉についた小さな鏡で確認する。ふたつに結ったおさげのリボンを少し直してうなずいた。


「よし!」


 ロッカーの扉を閉めた時、隣のロッカーの人がやってきた。気がつけば室内は騒がしくなり、みんな手早く着替えている。


「ロン園長! お待たせしまし、わあ!?」


 廊下に戻り、反対側の壁際に立つロンを見つけて駆け寄ろうとした時だった。目の前をサッとなにかが駆け抜けていく。

 驚いたジェーンは走り去ったものを視線で追いかけて、さらに目をまるくした。


「自転車!? ここ自転車乗っていいんですか!?」


 黒のマウンテンバイクに跨がった小柄な人物は、ジェーンをちらりと振り返っただけで奥の角を曲がっていった。


「そう。ガーデンが広いから移動が大変だろうと思ってね。モーターやエンジンつきでなければ乗り物を使っていいことにしたんだ」


 言いながらロンはジェーンの肩を引き寄せて、壁際に立たせた。ジェーンがさっきまで立っていたすぐ近くを、また自転車が走り抜けていく。見るとそこだけ床が水色だった。


「その水色の線内が乗り物優先路で、両端が歩行者優先路だよ。渡る時はちょっと注意してね」

「路面電車の停留所へ行く時と同じですね」


 ロンは廊下によく響く声で笑った。


「そうそう! ジェーンくんも慣れてきたら乗り物を使ってみたらどうだい。今、従業員の間で流行ってるのはスケートボードらしいよ」


 ちょうどその時、スケートボードに乗ってきた男性がいた。男性は男子ロッカー室と女子ロッカー室の間に伸びる道へ曲がろうとして、見事にすっ転んだ。


「考えてみます。もしかしたら記憶が戻るかもしれません」

「なるほど。そういう治療の仕方もあったね」

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