31 初出勤④

 ロンが豆知識を口にしている間にエレベーターが到着する。だが、乗ってからが長かった。一階分ならとっくに着いてもいいだろうと思える時間が流れても、機械はまだ止まらない。


「あの、何メートル下がるんですか?」

「だいたい二十メートルかな」


 マンションにしておよそ六階分下がったところで、エレベーターはようやく扉を開けた。その瞬間、飛び込んできた光にジェーンは目を細める。

 そこはとても地下とは思えない明るい空間だった。天井についた照明が一片の影も許さず、ビニルの白い床をつるりと照らしている。

 病院を彷彿ほうふつとさせる清潔な通路は、路面電車が走っていた二車線道路ほどの幅があり、どこまでもつづいていた。


「広過ぎませんかこの廊下!」

「いやあ、これくらいないと危ないからね」


 なんのことか尋ねようとしたが、ロンはさっさと左手の扉へ歩いていく。追いついてみると扉には〈女子ロッカー室〉と書いてあった。

 ロンは困ったように眉を下げてはにかむ。


「僕がこの中に入るわけにはいかないね。六四八番ロッカーにきみの制服が用意されているはずだよ。外で待っているから着替えてきてくれるかい?」

「わかりました。六四八番ですね」


 うなずくロンを確認し、ジェーンはひとり女子ロッカー室に入る。中はとても広かった。そして林のようにネズミ色のロッカーがずらりと並んでいる。

 壁の案内板によれば奥にはシャワー室まであるそうだ。

 だけど探検している暇はない。ちらほらと女性従業員たちが集まりはじめていた。ジェーンは端のロッカーに貼られた番号の中から、すばやく六〇〇番台を探す。

 そして列の中ほどで目当ての六四八番を見つけ、扉を開いた。


「素敵な制服。魔法使いのイメージ、なのかなあ?」


 ハンガーにかけられた制服の上着に手を這わす。それはくすんだ水色の生地に、青いストライプが二本引かれたワンピースだった。後ろの裾は長く、ふたつに分かれている。

 そして二本目のハンガーからは黒のタイツと、くすんだ水色のニーハイソックスが垂れ下がり、下には白いブーツがかかとをそろえて置かれていた。

 今の時期はいいが、夏も同じだと暑そうだ。

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