序章
02 赤い証にキスを①
あたたかな朝の光と甘いにおいに誘われて、私は目を覚ました。キッチンに立つ恋人の背中が見える。
カラコロとスプーンが奏でる音楽に乗せて、漂うこれはココアの香りだ。彼の、ダグラスの好きな甘い味。
「ダグ」
声がかすれた。けれどダグラスはちゃんと聞き拾って振り返ってくれる。朝日にオレンジ色の髪が輝き、紫の瞳が私を映して微笑む。
そろいの白いマグカップをふたつ手に持ち、歩み寄ってくるダグラスに合わせて身を起こした。
ところが、腰に痛みが走り枕に突っ伏してしまう。
「あっ、痛い? 無理しないで」
すぐにダグラスの手が腰をさすってくれた。そのぬくもりと痛みで私は昨晩のことを思い出し、恥ずかしさで身を震わせる。
「ごめん。なかなか加減できなくて……」
まだ体の奥底でくすぶっていた熱が、ダグラスの言葉で耳に火をつけた。私は文句を言おうとして顔を上げた。するとダグラスは困った顔をしながらも、口元には隠しきれない笑みを浮かべていた。
ホットケーキに乗せたバターのように、みるみるとろけていくダグラスの眼差しが私のつまらない羞恥も溶かす。彼を頬張ってしまいたい愛しさがあふれて、手を伸ばした。
「ダグ」
「ん、なに。抱っこ?」
違うとわかっているくせに、ダグラスは意地悪に目を細めて、上かけごと私をベッドから抱き上げた。
「違います! いつものキスです」
「なあんだ。チューして欲しかったのか」
ダグラスは強引に私の鼻やまぶたに唇を寄せる。
「それも違います!」
二度も焦らされて、私は次に唇を奪おうとしたダグラスの顔を思いきり押しやった。こきり、と骨の音がした。
「痛いです、俺の女王サマ……」
「では下ろしてください」
しぶしぶ私を下ろしたダグラスが逃げる前に、右手を捕まえてさっと甲に口づける。彼の人さし指と親指の間には赤いアザがあった。
ダグラスが生まれる時についたものだ。たいていは濃い茶色か黒色で、赤はとても珍しい。
「そこにキスするの本当に好きだよな」
呆れのにじむ声でダグラスがぼやく。
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