第5章 大人たちの青春

137 強まる圧政①

「どういうことですか、アナベラ部長」


 朝、普段通り出勤してきたジェーンは、アナベラが厳しい口調で言った言葉をすぐには理解できなかった。


「だから、遅刻だと言ってるんだよ。時計も読めないのか」

「わけがわかりません。時計はまだ八時五十五分ですよ!」


 ジェーンの勤務時間は午前九時から午後五時までだ。最寄りの停留所を八時十三分に出発する路面電車に乗って、いつも三十分前にはガーデンに着いている。

 今日も五分前には事務所に着くよう、ロッカー室を出た。


「自分で五十五分と言っててなんでわからないんだ。五分の遅刻だろ。お前の今日の出勤時間は八時五十分なんだから」


 イライラと机を叩くアナベラに目を見開き、ジェーンは急いでシフト表を開く。

 整備士には午後四時から深夜一時までの夜勤もある。イベントの飾りつけがある時、普段は日勤のクリスやノーマンも度々夜勤に組まれることがあった。

 しかし、整備士として未だまともな仕事をもらえないジェーンに、そういった特殊勤務など回ってくるはずもない。確認したシフト表にも九時から五時と明記されている。


「そんなはずありません。私のシフト表には九時と――」

「おやおや。それは古いんじゃないのか。私が持ってるシフト表はちゃあんと、八時五十分になってるよ」


 突き出されたシフト表を見てジェーンは固まる。そこにはアナベラの言う通り、ジェーンの勤務はいつもより十分早く設定されていた。

 上部のすみに書かれた〈改定〉の文字が目に留まる。それは昨日の日づけで、午後四時半を過ぎていた。


「変更が、あったんですか。私知りませんでした……」

「知りませんでしたが通ると思ってるのか! 社会人なら自分で確認するのが常識だよ!」


 アナベラは新しいシフト表をジェーンに向かって投げ捨て、席を立つ。


「いいか。これは評価に書くからね。減給されようと私を恨むんじゃないよ。遅刻したお前が悪いんだ」


 机を回ってきたアナベラは、わざわざぶつかるように体を寄せてくる。よろめくジェーンにぬっと顔を突き出し、声をひそめた。


「それと、いつまでも親切に注意してくれると思うんじゃないよ」

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