246 大事な話④

 心臓が激しく早鐘を打つ。それは警鐘のようにジェーンを急き立てた。


「ジェーン……。ごめんな、ショックだよな。でもほら、記憶違いはよくあることだよ。俺もさ、思い出せないけどジェーンとはどこかで会った気がするんだ。だからこれからも諦めないで探せば、きっと」

「記憶違い? そんな、そんなはずありません……」


 覚えている。彼と想いが通じ合った卒業式の日のこと。クラスや行事で面と向かって話すような間柄ではなかった。けれど掃除の時間や廊下でたまたますれ違った時、彼の視線を感じた。

 ジェーンが見ていると彼はいつも気がついた。ふと目を上げると、ジェーンを見ている彼がいた。それがふたりだけが知る秘密の触れ合いだった。

 重ねるたびに魅せられた。やさしい紫の瞳がいつまでも自分を映してくれればいいと願った。卒業して、彼と離れるなんて堪えられなかった。

 だから震える声で「好きです」と伝えた。


――俺も、ずっと前から好きだった。


 彼はほんのりと顔を赤らめて、笑ってくれたんだ。覚えてる。誰よりも大切なあなたのことだけを。

 突然、頭を揺さぶられる感覚がしてジェーンはよろめく。とっさにボートのへりに掴まった瞬間、痛みとともに映像が流れ込んできた。


「ジェーン!?」


 そうだ。恋人同士になってから、ダグラスとは家族ぐるみのつき合いになった。ジェーンの家族もダグラスの家族も、ふたりの仲を認め祝福してくれていた。


「おぼ、えてます……。ダグのお母様はニコールさんです……。お父様はリチャードさん、お姉様はクレアさん……」


 頭痛を堪えながら仰ぎ見ると、ダグラスはこぼれんばかりに目を見開き驚いていた。その顔を見れば記憶違いなんかではないとわかる。

 ジェーンは意識の触手を自分の家族へと伸ばそうとした。ダグラスの家族のことを思い出せたのだ。両親の記憶だって失ってはいない。

 けれどにわかに、頭痛が嘔吐おうとを伴うほど激しくなる。思考は吐きたい衝動に塗り潰された。


「なんで母さんたちの名前……。どうして……」


 のどの異物感を必死に押さえ、ジェーンはあえぐように息を吸う。


「ダグ、思い出してくだ、さ……っ。私たちは、ほん、とうは……」

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