161 緊急事態④

「どう考えてもひとりでは無理だ。いや、危険行為だ。やっぱり俺が」

「私がやります」


 ニコライの言葉を奪ったジェーンに視線が集中する。ジェーンは目をまるめるふたりの先輩をまっすぐに見つめ、一歩進み出た。


「私にやらせてください。この補強は私がやったものです。最後まで片づけます」

「いやでも、お前明日は? 仕事だろ?」


 ラルフの指摘に一瞬ひるむ。明日も九時から勤務だ。


「だいじょうぶです。朝五時までに完了すれば三時間くらい寝れます。一度の徹夜くらいで死にませんよね」

「三時間寝るってお前、帰らない気かよ。どこで寝るんだ」

「食堂でもベンチでもどこでも。時間がありません。壁に強硬加工したらすぐ消去に入ります。ラルフさんは早くタクシーを呼んで、ニコライさんを送ってあげてください」


 決心したジェーンには、ラルフの気にすることがとても小さく感じた。いざとなれば一睡もしなくても構わない。死ぬほどのことでなければ問題ない。

 壁に寄りかかり、ぐったりしているニコライに気づくと、ラルフもそれ以上食い下がってこなかった。舌打ちをひとつこぼし、同僚に肩を貸す。


「いいか。休憩なしは認めないからな! 俺の言うことが聞けないなら強制帰宅させるぞ!」

「了解です。ラルフさんに従います」


 ジェーンは壁に向き合ったまま答えた。

 天井までの高さ、左右の長さを目測で掴み、想像を固める。それを魔力として放ち、たるんだ雲レンガに本来の強度を思い出させる。

 魔力が隅々まで行き渡るしばしの間、ジェーンは自分でもどうやったかわからない青い金属を見て、つばを飲んだ。


「ふうーっ。雲レンガの消去は終わった。そっちはどうだ」


 ニコライをタクシーまで送り届け、すぐ落下した雲レンガの消去に取りかかったラルフが顔を上げる。その横でジェーンは補強金属と格闘していた。

 あめ玉のようになめらかな見た目に反し、青い金属は恐ろしいほどの密度を保有していた。それが性質変化に強く抵抗を示し、ジェーンの体に重さとなって伸しかかる。

 まるで何リットルもの水を背負って、山登りしているかのようだ。


「おい、こら。戻ってこい。四十分も経ってるじゃねえか。休憩だ」

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