364 未来へ引き継ぐ④
「いつかわかってくれると信じてる。……父さん」
目を見開くロンからディノへ視線を映す。陽だまりのようにあたたかい瞳が、ジェーンに注がれていた。互いの手をぎゅっと握り合ったのを合図に、短剣を腹へひと思いに押しつける。
アダムの言う通り痛みはなかった。けれどにわかに刺したところから熱くなって、重い睡魔が全身を浸す。ゆっくりと沈んでいく感覚に包まれながら、ジェーンは幼い男の子の声に呼ばれた。
『ロジャーさま、ジュリーは今日かけっこでいちばんになりました! すごいでしょ! おえかきもお歌もがんばっています。早くロジャーさまにもお見せしたいな』
ぽかぽかとした陽気の中で、男の子がにこにこ笑っている。黒髪で、小さな褐色の手には紙のメダルがぴかりと輝いていた。
保育園であったことを無邪気に聞かせてくれる男の子を、ジェーンは微笑ましく思っていた。
『ロジャー様っ、風邪をひいてませんか!? 寒くないですか!? イヴ、ロジャー様の周りにもっと葉っぱを生やして。だいじょうぶ、俺が守りますから』
大雨の日、男の子は自分も髪を濡らしながら、ジェーンにレインコートをかけに来てくれた。迎えにきたロンに連れていかれるまで、ジェーンの手をあたためていたその凍える手を握り返せなかったこと、今でも強く後悔している。
すらりと身長が伸び、声も低くなった男の子は、たまにしか姿を見せなくなった。会いにきてくれても、前のように一日のできごとを話してくれない。遠くからじっとジェーンを見つめて、しばらくすると去っていく。
ジェーンの胸はツキリと痛んだ。それでも心は恋人ダグを求めて、彼のいない世界から目を背けるように眠りつづけた。
ふと触られていることに気づいて、ジェーンは水面下まで意識を浮上させる。あの男の子だった。源樹の枝やつるに絡まるジェーンの髪をひと房すくい上げて、唇を寄せていた。
『あんたはやわらかくて、きれいだな。目はきっとやさしい色をしているんだろうな。……もっと違う出会い方をしたかった。こんな痛みなんか知らないで、あんたに好きだって言える世界で……!』
ひりつく雨が手の甲を打っても、この体は石像のように動かなかった。知らないと耳を塞ぎ、知らないと目を閉じ、世界を拒んでジェーンの意識は暗闇を漂いつづけた。
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