103 かわいい食べ物③

 もう目の前のおにぎりしか見えていなかったジェーンは、ルークとカレンの生あたたかい眼差しに気づかなかった。

 お手拭きで手を清め、割りばしをパキリと割る。ころころ三角形を今一度堪能してから、その頂きをそっとすくい上げる。てらてらと艶めく肉そぼろに輪切りの赤いもの――タカの爪――が乗っている。

 口に近づけた瞬間、ふっと香ったごま油とスパイシーなにおいに、つばがあふれる。もう待てない。本能が告げるままひと息にパクつく。

 肉そぼろを包む甘だれがじゅわりと広がり、にじみ出した脂といっしょに米が舌の上でほろりと崩れる。

 わずかに鼻腔を抜ける出汁の旨味、ぷちりと弾けるなにかの食感――これはもち麦というらしい――、そして最後に上品な辛味が全体をピリリと引き締める。

 水? いいや、流し込むなんてもったいない絶妙な刺激!


「からあーい! でもおいしいですう! なんかプチッとしたものが入ってるんですよ! 肉そぼろとほろほろのお米の相性抜群です!」

「ほんと、おいしそうに食べるっスよねえ。俺も記憶消して、もう一回生ハム食べたいっス」

「男性陣には見習って欲しいリアクションだわ」


 気づくとルークとディノが苦い顔をして固まっていた。それほど苦い料理があったのかしらと首をひねりつつ、ジェーンは豚汁をすすった。


「ジェーンってもしかしてお嬢様なのかしら」


 食後のまったりとした空気が流れるテーブルに、ふとカレンのそんなつぶやきが転がった。心なしか好奇心にメガネを光らせている彼女を、ジェーンはきょとんと見つめる。


「今までかわいいって強く反応した料理って、どれも庶民的じゃない?」

「この前はおでんのはんぺんともち巾着。その前はみそ汁のおだったっスか? あ、プルメリアの弁当に入ってたたまご焼きにも反応してたっスね」


 確かに、とルークはうなずく。


「そう! だからそういうのが珍しいお嬢様育ちなんじゃないかしら。喋り方もていねいだし」


 カレンの考えには一理あった。記憶を失ったジェーンにとって、口にする料理はどれも初体験のものばかりだ。しかし、すべての食べ物に強く惹かれるわけではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る