147 私にできること④
「マリン! マリン!」
迷子センターの前で右往左往していた女性が、こちらに気づくなり駆け寄ってきた。乱れた髪もそのままに、女性は一目散に女の子を掻き抱く。
「ママ……ッ、ママーッ!」
女の子はたんを切ったように泣き叫んだ。母親の胸にしがみつき、我慢していた感情が新たな涙となってあふれ出す。
ジェーンは少し距離を置いて見守り、顔を出した迷子センターの従業員にうなずいてみせた。
「ありがとうございますっ、ありがとうございます! 私てっきり、この子が先に行ってしまったのだと思って慌てて……!」
「だいじょうぶですよ。マリンちゃんは泣かずに〈ウォーターレイ〉でお母さんを待ってたんです。とても偉かったんですよ」
ともすれば過呼吸を起こしそうな母親を、ジェーンは笑みでなだめる。ひとりぼっちだった我が子の様子を聞いて、母は目をうるませた。
もう一度娘を抱き締め、額にキスを贈る。
すると女の子は身じろいで、ほんのり赤くなった目でジェーンを見上げた。しゃがんであげると、ワンピースのポケットからピンクのプラスチックリボンを取り出す。
ヘアクリップらしいそれを黙って差し出され、ジェーンは目をまるめた。
「あの、マリンは自分の気持ちを言葉で表すことが苦手なんです。そのリボンは『ありがとう』って意味だと思います。どうぞ受け取ってやってください」
どこか恥じるように母親はうつむいて、そう言った。
ジェーンはひとつ瞬きすると、顔を引き締め一度立ち上がる。そして手を胸に置きながら恭しく片ひざをついた。
リボンのヘアクリップを持つ少女の手をすくい上げるように、手を添える。
「とても光栄でございます。今つけてみてもよろしいですか?」
女の子の気持ちは期待した目を見ればわかった。ジェーンは軽く前髪をすいて、横に流したところをクリップで留める。首をかしげてみせると、女の子は体を揺らして大きな声を上げた。
それは奇声にも似た声で、母親の手を振りほどき走り出そうとする。その安心しきった伸び伸びとした姿に、ジェーンは声を立てて笑った。
「ありがとう。ありがとう」
プルメリアのほころんだ瞳。
ブレイドがくれた感謝の言葉。
そして、前髪に留まったヘアクリップ。
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