197 炎症した心⑤
「ああ。風邪のせいでもいい。泣けよ」
「わけがわかりません。泣く理由なんかありません」
「強がるなよ。全部吐き出せ」
「なんでそんな決めつけるんですか。ディノに私のなにがわかるんです」
「あんたがなにかに傷ついて、泣いてるのはわかる」
「泣いてません。もう出てってください」
「いいや、泣いてる」
扉を指したのに、ディノは拒むかのように一歩近づいてくる。若葉の目はひたとジェーンを見据え、離さない。
その眼差しに震える心まで見透かされそうで、ジェーンはうつむいて逃げた。
「泣いて、ませんっ」
「泣いてる。傷ついてる」
「泣いてないです……!」
「どう見ても泣いてるだろ」
「……もうっ、しつこいです! 泣いてないって言っ――」
ゆっくり近づいてくるディノを突き放そうとした時だった。持ち上げた手を掴まれて、強く引っ張られる。ディノの腹に受けとめられ、驚き強張る肩を抱き締められた。
彼の大きな手に直接包み込まれたかのように、胸の真ん中にぬくもりがにじむ。それが安堵だと気づいて、ジェーンは唇が震えた。
「ウソつき。そんな泣きそうな顔して言われてもバレバレだ」
しょうがない子どもを微笑みで許すような声が、そっと耳をなでる。
本当は気づいて欲しかった。手を差し伸べて欲しかった。ううん、ただそばにいてくれるだけでいい。不安に怯え、夢に逃げることもできないこの心を、独りにしないで欲しかった。
ディノの指がジェーンの前髪を梳く。レーゲンペルラの花に触れた、慈しみを知っている手だった。
にわかに、目に熱が灯る。唇に歯を突き立て、あふれるものを押さえつけようとするジェーンを、ディノは両腕の中に閉じ込めた。
「こうしてれば見えないから。ちゃんと吐き出せ。我慢するな」
ジェーンは首を横に振る。違う。抱き締めて甘やかして、ボロボロの心に触れて欲しかったのは、このぬくもりじゃない。
「……吐け」
でも彼は気づかずに行ってしまった。
その事実に突き落とされて溺れる。熱い海に目がくらんで、息継ぎもままならない。苦しさにあえぎながらジェーンは、目の前のぬくもりにしがみついた。
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