219 ケーキと恋ばな④

「プルメリアは、ダグに告白しないんですか……? きっと……」


 ダグもあなたを想っている。

 用意していた言葉は言えなかった。プルメリアの彼を想う心に共感はできても、やっぱり彼の唯一のひとになりたいという願いまではゆずれない。

 プルメリアはからになった皿をナイトテーブルに下げることで間を置いた。そしてベッド脇の窓を見やる。ガラスに映った彼女の瞳は、ここではないどこかを見つめていた。


「私ね、怖いの」

「怖い?」

「私は女である前に女優でいたいタイプなんだ。だからね、恋愛も結婚も仕事と両立できないと嫌なの。どっちと言われたら仕事を優先したいくらい。だって女優は子どもの頃からの夢だもん」


 でもね、と沈んだ声でプルメリアはつづける。


「ダグを好きになって、私は少し変わっちゃったの。気づけば彼のこと考えちゃって。演劇部の彼と仲のいい子に嫉妬したり……。今だってジェーンとダグが恋人になったらって、私きっと日が暮れるまで考えちゃう。私にはもっと他に考えるべきこと、勉強しなくちゃいけないことがたくさんあるのに。……そういうのが怖いの。女優である自分を保てなくなることが……怖い」


 指をきつく絡めるプルメリアを見て、暗い安堵を覚えた心にジェーンは爪を立てた。

 彼女が感じている恐怖や葛藤かっとうがこれだ。親しい同僚や友人を急に憎らしく思う心。大切なものを放り出してまで、止まらない欲望。恋心を知らなければ、知ることのなかった自分に気づかされる。


「ダグのことは好き。恋愛もしたい。でも私はたぶん、彼のために時間や心を割いてあげることができない。今くらいの、友人の距離がちょうどいいの。それでもダグは受け入れてくれるのか、わからなくて」

「そうでしたか……」

「ごめん。私ってわがままだよね……。こんな子が愛に一途なジュリー女王役だなんて、神話に出てくるロジャー王とジュリー女王に申し訳ないよ」


 ハタとジェーンはプルメリアの言葉に引っかかるものを感じた。しかしその違和感はすぐに過ぎ去ってしまって、なんだったのか思い出せない。


「ジェーン?」


 不思議そうに名前を呼ばれて我に返った時、なぜか遥かな時を旅してきたような感覚に包まれた。

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