220 もう一つのテープレコーダー①

「ちょっとお喋りし過ぎちゃったかな。ごめん、最後にひとつだけいい?」


 首をかしげるプルメリアにジェーンは目で問い返した。


「私、ダグのことはもっとよく考えたい。だから私のことは気にしないで、ジェーンは思うままに行動して」

「プルメリアはそれでいいんですか……?」

「うん。焦って行動しても後悔するだけだから。それにダグが選んだ相手なら仕方ないよ」


 仕方ない。その言葉に胸がズキリと痛む。今、ダグラスが選んでいるのはプルメリアだ。だったら、ジェーンは仕方ないと身を引かなければならないのか。

 でも、恋人だったことを思い出してくれたら、きっと――。

 ダグラスを諦める。想像しただけで血が凍えるような恐怖と孤独に、ジェーンは慌てて考えにふたをした。夢に見る彼との思い出だけが、この世界とジェーンを繋ぐ希望だ。

 それを諦めたら“私”というものは完全に消滅する。




 * * *



「うまくいったね。今回の一件でジェーンくんはきみに恩を感じただろうし、邪魔なアナベラくんも排除できた。まさかクリスくんがレコーダーを仕込んでいたとは意外だったけどね。まあ、そのお陰で僕が創ったほうは使わずに済んだことはよかったかな」


 ロンはズボンのポケットから小型機械を取り出し、カチリとボタンを押した。スピーカーからはなめらかで精巧なアナベラの声が流れ、ジェーンに不正を指示する。

 ロンはそれをゴミ箱に放った。まもなくして、水蒸気が中から立ち昇る。


「そうだ。ここらで彼女をデートに誘ってみたらどうかな。きみの誘いなら断らないよ」


 執務机に両ひじをつき、ロンは組んだ手の向こうから正面に佇む人物を捉えた。


「ねえ、ディノくん」


 ディノは視線から逃げるようにそっぽを向く。思春期を迎えた頃からだったろうか。口数も表情の変化も乏しくなった息子だが、素直で大人しい性格は変わらない。

 ロンはイスごと身を引いて足を組み、どんなデートならジェーンの心を掴めるか思案した。


「……ロン。俺はやっぱりできない」


 しかし思いがけない言葉がロンの計画を遮る。自分の耳を疑いながら、ロンは息子の伏した横顔を凝視した。

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