172 したごころ②

 先ほど生理を教えてくれたロンは、とても居心地が悪そうだった。男性にとってはなかなか口にしづらい話題のようだ。そう思ったジェーンは、今も苛む生理痛のことは伏せる。


「そう、か。とりあえずよかったぜ」

「まったく。ジェーンは手抜きすることを知らないから無茶したんでしょ。レイジさんを少し見習えば?」

「そうだ、俺のように――ってクリスそれは褒めてんのか? けなしてんのか?」


 いつもの調子を取り戻し、軽口を叩き合うレイジとクリスに、ジェーンはくすりと笑みをもらす。しかしラルフだけは強張った表情で、呆然と立ち尽くしていた。

 その様子に気づいたジェーンと目が合った瞬間、ラルフはびくりと肩を震わせる。かと思うと、ジェーンに詰め寄り肩を掴んだ。


「ジェ、ジェーンすまん! 俺が無理をさせたせいで……! そうだ、これを受け取ってくれ! せめてもの詫びと礼だ」


 そう言ってラルフはポケットからいつも食べている棒状の菓子を取り出した。ジェーンが口を開くより先に、三つも四つも出して持たせてくる。


「これなんです?」

「プロテインバーだな。筋肉ムキムキになるやつ」とレイジ。

「……いらないです」


 ジェーンの引きつった表情は、思い詰めるラルフの目に入らない。


「こんなもんじゃあお前の気は済まないだろうが――」

「ニコライさんはだいじょうぶでしたか?」


 うつむくラルフの言葉をジェーンはあえて遮った。ラルフは弾かれるように顔を上げ、目を見張る。


「あ、ああ。ただの風邪だ。二、三日休めば回復する」

「よかったです。ラルフさんもお体気をつけてください。今日は私、休ませてもらおうと思うので、シェルターは創ってあげられませんよ」


 ジェーンは小首をかしげていたずらっぽく笑ってみせた。ラルフが薄く笑ってくれたのを確認すると、会釈して歩き出す。

 途中まで送ると言ってくれたレイジとクリスを伴い、帰路についた。


「ジェーン……あいつ……」


 遠ざかっていく細い背中をラルフはしばし見つめていた。




 * * *



「なんだいあの小娘。ツンと澄ましちゃって、気味が悪い。もう我慢ならないよ」


 後ろでぶつくさつぶやくアナベラに、たまたま向かい側のロッカーを使っていた女性従業員は、鏡越しににらまれた。

 ひっ、と短い悲鳴を上げ身支度の手を早める。触らぬ神にたたりなしだ。

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