55 甘過ぎる夢①
「では私は、みんなのお弁当作りを手伝います」
「いいな、それ。すごくうれしいよ」
ダグラスが瞳を細めて笑うと、アメジストの輝きがいっそう強くなる。ジェーンは身の奥を焦がすほどの熱に震えながら、ルームメイトひとりひとりに目を向けて頭を下げた。
「みんな、本当にありがとうございます」
「いいって。困った時はお互いさまだろ」
ロンには明日、弁当作りのことを伝えることにして、お弁当ローテーション作戦は明後日からということに決まった。
シェアハウス全会議は閉会し、夕飯にしようとみんなが立ち上がる中、ジェーンはダグラスの言った言葉に心捕らわれていた。
「困った時はお互いさま……。前にも言われた気がする……」
オーブンの前でしゃがみ込んでため息をつく自分は、夢の中にいるのだとジェーンはわかっていた。
クッキー生地に練り込んだバターの芳ばしいにおいが、広くはない部屋に充満する。それでもジェーンの心は満たされない。本当に作りたかったのはクッキーではなかった。
キイと玄関扉の開くひかえめな音がする。そっと息をひそめて入ってきた人物に、ジェーンは気づいていた。
けれどあえて知らんぷりをする。誰が来たのかも、彼がなにをしたいのかも、手に取るようにわかったから。
「ただいま! すっごくいいにおい!」
「わわっ。ダグ!?」
背中に飛びつかれるのは想定内だったが、そのあと脇に差し込まれた手で抱え上げられるとは思わずよろめく。倒れそうになったところをダグラスの胸に受けとめられ、すっぽりと包まれた。
外から帰ったばかりのダグラスは日なたの香りに、ちょっとだけ汗と土埃っぽいにおいが混じっている。けれどもそれがジェーンの心を堪らなく惹きつけて、抱き締め返さずにいられない。
「うーん。きみからも甘いにおいがする。おいしそう」
髪を鼻先で掻き分けて、ダグラスはうなじに顔を埋める。そのまま肺いっぱいに空気を吸い込んで、においをかぐダグラスをジェーンは身をひねって嫌がった。
「それはクッキーを焼いてたからです! おいしそうなのはあっちです」
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