56 甘過ぎる夢②

 ミトンをはめた手でオーブンを指すと、ダグラスはひょいと眉を持ち上げて「そう?」ととぼける。ふいにジェーンの手を取りミトンを外させて、現れた手の甲にキスを落とした。


「俺はきみのほうが食べたいんだけどなあ」


 火がついたように火照る顔を隠してジェーンはうつむく。しかしダグラスは逃げることを許さず、あごをそっと引いてアメジスト色の視線にジェーンを絡める。

 ダメ? と覗き込むように首をかしげられると、いつも魔法をかけられたかのように彼以外見えなくなった。

 大好きな彼のすることに嫌なことなんてない。

 求めてくれるのなら、なんだって差し出してあげたい。

 けれど囚われているのが自分ばかりのようで、ジェーンのちょっとした矜持きょうじが意地を張る。


「私を食べるなら、クッキーはあげません」

「えー! それもやだな。どうしよう」


 思ってもいなかった裏切りにジェーンはダグラスを凝視する。すると彼は笑みがにじんだまったく困っていない声で「悩むなあ」とこぼす。

 クッキーより私を食べたいって言ったくせに!

 とは今さら言えず、ジェーンはムッと顔をしかめてダグラスの手を捕まえる。それは右手だ。それだけでジェーンの意図を察し、慌てる彼の顔を見つめながら唇を寄せようとした。


「待った!」

「待ったはなしです。さっきのお返しですよ、ダグ」

「いや俺手洗ってないから! あ、その手でジェーンに触っちゃったな……」


 まるで汚いものであるかのようにダグラスはパッと手を離す。ジェーンはもう片方のミトンも外してエプロンのポケットに押し込み、ためらうことなくダグラスの手を繋ぎ直した。

 目をまるめた彼はわかっていない。たとえ触れれば不治の病にかかるとしても、喜んであなたと手を繋ぐ。


「いっしょに手を洗って、クッキー食べましょうか」


 そんな想いは重過ぎるかな。口に出せない心音こころねを笑みに乗せて見上げれば、ダグラスは子どものように目を輝かせてうなずいた。


「俺が洗ってあげる」


 洗面台に立ったジェーンを後ろから包み込みながら言ったダグラスの言葉を、最初は理解できなかった。首をかしげるジェーンには構わず、ダグラスは濡らした手に石けんを取って泡立てる。

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