57 甘過ぎる夢③
はい、と手のひらを上に差し出されてつい手を乗せると、彼の大きな手がジェーンを挟み込み、くすぐるように洗いはじめた。
「ダグっ、くすぐったいです!」
「このほうが早く終わるじゃん」
ずぼらの天才ですね、と皮肉を言ったジェーンにもめげず鼻を高々と上げたダグラスがおかしくて、ふたりでくすくす笑い合う。
洗ってもらったお返しに、今度はジェーンがダグラスの手に指を這わせた。
「……ダグ。できたらでいいんですけど、ひとつお願いがあります」
鏡越しに彼を見つめ、ジェーンは迷惑じゃないかしらと悩みながら切り出す。鏡の中のダグラスは、ジェーンの髪にキスするのに忙しそうに「なに?」と短く応えた。
「今度、チョコレートを持ってきてくれませんか。今日、本当はチョコケーキを作りたかったんですけど、チョコを切らしていたんです」
「チョコケーキ! 俺の好きなやつだ。もちろん持ってくるよ。今度でいいのか?」
「はい。もののついででいいんです」
「そんなに遠慮しなくても。欲しいものはいつでも持ってくるよ」
「いえ。いつもダグばかり頼んでしまって悪いですから」
「俺の女王陛下」
低く、かすれた声が耳に吹き込まれる。その甘いささやきに反して、ジェーンの指と絡め合わせたダグラスの手にきつく握り締められた。
『困った時はお互いさまだろ』
せつな耳鳴りがして、彼の声が二重に響く。これは夢の中の彼と、現実の彼の声?
「それにきみは、ここから離れられないんだしさ……」
鏡の中から切なく細められた目に見つめられる。ジェーンは額に鈍い痛みを覚えた。
「どうして、私は――」
ここを離れられないんですか? つづくはずだった言葉はダグラスの唇に奪われる。重なったぬくもりは目を見張るほどに熱く、身を焦がし、夢だということも忘れて溺れてしまいそう。
惜しむように唇を離した時、ダグラスの呼吸は早まっていた。怪しくも美しい紫の魔眼に捕まる。
「ごめん。きみの指が気持ちよくて、俺……」
けれど、目覚めるベッドはいつもひとりきり。冬の空気が鼻先を凍えさせて、あのぬくもりはどこにも見当たらない。
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