236 ダグラスと合わせ稽古③
ふと気づくと、ダグラスがひかえめに手をひらひら振っている。なにをしている途中だったか思い出したジェーンは、慌てて台本に目を落とした。
「へ、『平穏だと? 民と国を捨てたお前に平穏を望む資格などない! 自分たちだけよければいいのか! 戻ってその命尽きるまで民とともに戦うことがお前の使命ではないのか!』」
「『ともに生きたかった! 我が祖国と大地の国こそ、手を取り合う楽園に創り上げたかった! 今でも願っているよ、シャルドネ。きみが争いを捨ててくれるなら、俺たちは手を取り合える』」
「『黙れ! 捨てたやつがなにを言う。お前にはわからない。捨てられた者の気持ちなどわかるわけがない!』」
「『待ってくれ……!』」
ロジャー王が一歩踏み出す。それを拒んでシャルドネは手を突き出し、魔法を放つ。結晶の牙は鋭利な先端に美しい紫紺を秘めながら、容赦なく王ののど元を狙う。
王はすんでのところでかわし、シャルドネに歩み寄ることを諦めない。そのまっすぐな瞳に抱く嫌悪を魔力に変えて、悪竜はロジャーを結晶で黒く塗り潰そうとした。
しかし、ひらりと白いシャツが舞う。まるでダンスでも楽しむかのような麗人に見惚れているうちに、腰を抱き寄せられていることに気づく。
「『今宵は光と闇が交わる特別な夜。わからないと言うなら、きみで俺を染めてくれ。今日だけは許されるだろう。その心に触れても』」
視界いっぱいにアメジストの瞳が迫り、ジェーンは我に返った。
「こここんなセリフありましたか!?」
「あったよ。ここでロジャーの衣装がハロウィン仕様に変わるんだろ。ほら、俺を染めて?」
「ロジャー王の衣装はまだ考え中ですう!」
「なあんだ。ざんねん」
ダグラスはにぱっと笑ってジェーンを解放した。無邪気な笑みがまぶし過ぎて直視できない。空気をひりつかせるほどの圧をまとったかと思えば、もうおふざけ大好きルームメイトに戻っていて、落差に心臓をわし掴みにされる。
ジャスパーの恐るべき脚本に息も絶え絶えなジェーンの耳に、くすくすと笑い声が聞こえてきた。見ればダンス練習していた部員たちが、舞台上のジェーンに注目している。
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