230 悪竜シャルドネ③

「ジャスパー部長。だから創るのはいいけど、消すのが大変なんですってば」

「あ、いや。本番はふたつか三つにするって。そんなにドンパチするシナリオじゃないからな」


 クリスの指摘に乾いた笑みをこぼすジャスパーを横目に、ジェーンは舞台から飛び下りた。振り返る部員たちの視線に構わず、まっすぐダグラスたちの元へ駆ける。


「ちょっと、ジェーン!?」


 ジェーンはカレンの腕を取り、戸惑う彼女を壁際へ引っ張った。


「カレン。シャルドネ役のオーディション、受けてみませんか」


 そっと肩を掴み、メガネ越しにレモン色の瞳を捉える。


「カレンがカレンのまま輝けるように、私が魔法をかけますから」

「ジェーン……。そんなこと覚えてたのね」


 少し気まずそうにカレンは視線を下げた。

 役者として成功するためには、プルメリアのようにならなければいけない。そう言ったカレンの言葉が正しかったとしても、きっと正解はひとつじゃない。


「理想とは少し違う形かもしれません。ですが、理想に近づくことはできるはずです」


 恋をして変わっていく自分をプルメリアが恐れていたように。記憶をなくして、自分というものがわからなくなったこの寂しさのように。自分を偽って生きていくことはきっと、辛くて苦しいから。


「創り変えてみせます。あなたが輝ける舞台セカイに」

「……わかった。やってみるわ。ジェーンがそこまで言うなら私もがんばれそう」


 ジェーンは喜びのあまりカレンの手を両手で包み込んだ。するとカレンも目元をやわらかくほころばせて、握り返してくれる。

 ふたりはどちらからともなく笑い声を響き重ねた。




 * * *



 風呂から上がったディノは、一階の共用リビングで奇妙なものを見た。ソファの周りをうろつくダグラスだ。

 そのソファではジェーンを挟んで、プルメリアとカレンが新しい石けんを持ち寄っている。なんでもジャスミンとかラベンダーの香りつき新作石けんだそうだ。鼻を寄せては「いいにおい!」ときゃいきゃい盛り上がっている。

 その様子をダグラスはちらちらとうかがっている。まさか混ざりたいのか? いくら好青年で通っているダグラスでも、やめておけと忠告するところだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る