143 レーゲンペルラ④

 あっという間に流れた時間に、ジェーンは静かな感動を覚えた。手は土でまっ黒に汚れ、爪の間にも挟まっている。しゃがみっ放しだった足はしびれていた。

 けれど、ちっとも疲れていない。心は澄んだ空気に満たされている。


「お疲れ」


 ポットを片づけたディノが戻ってきて、ペットボトルを差し出す。ジェーンは誇らしげに両手を掲げて見せた。


「見てくださいディノ! 手まっ黒!」

「……だから? って感じだが」


 冷めた言葉とは裏腹に、ディノはふっと息を抜くように笑ってくれる。ジェーンはハンカチで手を拭いてから、ペットボトルを受け取った。


「すごく仕事した! って気がします。これが達成感というものですね!」

「あんただって毎日仕事してるだろ」


 うっ。痛いところを突かれて一瞬固まる。それをペットボトルをあおって誤魔化した。

 トイレ掃除と雑用でも正式な仕事なら胸を張れただろうが、アナベラの態度を考えるとどうあっても押しつけとパシりだ。


「間接キス」

「はい?」


 不思議な単語が聞こえて見上げると、ディノはペットボトルを指さし、その手で唇をトンットンッと叩く。

 そういえばキャップがとてもゆるかった。


「ひゃあ! な、なにしてくれてるんですか!?」

「ウソ。キャップ外しただけだ」


 ……私にはそろそろ、この人を殴る権利があると思うんですよ。

 ジェーンはペットボトルのキャップをしっかり閉めて振りかぶる。するとディノは長身に似合わず身軽にあとずさり、両手を挙げる。

 にやりと笑みを湛えたまま口ずさんだ。


「いつもの調子、取り戻したな」


 ペットボトルを握り締めるジェーンの指が、ひくりと震えた。

 さっきからかわなかったのは、私の異変を感じていたから?


「きゃー! ジュリー女王とイヴだ!」

「写真撮らせてください!」


 その時、源樹イヴの方角から歓声が上がった。目を向けると、ドレスをまとったプルメリア扮するジュリー女王と、カレン扮する狼のイヴが客に囲まれている。

 ジュリー女王とイヴは言葉を介さず、身振り手振りでファンたちにあいさつしたり、写真撮影に応じたりしていた。

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