144 私にできること①

「ゲリライベントって言ったか。時間も場所もランダムで、ああしてファンサービスするらしい。雨が上がったから出てきたんだな」


 ジェーンの視線を辿ったディノが、そう教えてくれた。

 あっという間にできた人垣の隙間から、プルメリアが小さな女の子を相手にひざを折って対応している様子がうかがえる。カレンは噛みつくまねをして、客から笑顔を引き出していた。


「プルメリアもカレンも、素敵だなあ」


 人気者で愛され、みんなの笑顔の中心にいるのが自分の友だちだと思うと、ジェーンの胸も誇らしく高鳴る。


「あっ」


 そこへ小さな男の子が、人垣へと駆けてきた。その勢いのまま男の子は細い体を滑り込ませ、輪の中に入っていく。

 ジェーンの視界から見えなくなって数秒が経った時、火のついたような泣き声が響き渡った。

 驚き、身を引いた人々の輪がほどける。イヴの足元で尻もちをついて泣いている男の子が見えた。イヴが男の子に気づかず、ぶつかってしまったに違いない。

 泣きじゃくる子どもを、狼の着ぐるみは呆然と見ていた。いや、カレンはきっと慌てているに違いない。ジェーンの知る彼女はすぐにでも謝って、怪我の有無を尋ねている。

 けれど演者はどうやら喋ってはいけない決まりがあるようだ。そしてもっと悪いことに、カレンの表情は笑顔の狼頭に隠されている。

 子どもとぶつかったのに、平然と佇んでいる。そう見えてしまうイヴの外見に、周囲の人々がざわめくのをジェーンも感じた。

 このままではまずい。

 そう思った時、男の子のそばに桃色の花がサッと寄り添った。プルメリアだ。彼女は胸に手をあて、深く頭を下げる。


「だいじょうぶですよ」


 男の子の母親の気さくな声が聞こえた。

 しかし母の腕に抱かれた男の子はまだ泣いている。プルメリアはそっと手を伸ばし、まるで痛みを癒すようにやさしく頭をなでる。

 男の子が顔を上げた。すると、プルメリアはリズミカルに手を振ってみせる。どういう仕かけか、その動きに合わせてシャララと音が鳴った。

 そうか。神話で楽園を創ったのはロジャー王とジュリー女王だ。彼女たちは創造魔法士ということになる。

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