142 レーゲンペルラ③

 ディノは苗を持ち上げて、いとも簡単に鉢から外してみせた。ジェーンもやってみると気持ちいいくらいきれいに外れる。

 そして苗を正常に持ち替え、根を軽くほぐしながら土を落としていくディノをまねた。


「根を傷つけないようにやさしく。ある程度落とせばいい。そうしたら、穴に入れて土をかぶせていく」


 根に触れるディノの手つきはまるで、子ネコをあやすようだった。そっと地面に下ろし、土をふわりとかけてやる彼の横顔に、ジェーンは微笑みを見つけた。

 花に注ぐ若葉の眼差しは、ハッと目を引くほど慈しみにあふれている。


「ディノは本当にお花が好きなんですね」

「……悪いかよ」


 少しすねたように視線を逸らすディノに、ジェーンはゆるく首を振った。


「いえ。とてもやさしい目でお花を見ていると思ったんです」


 ディノは茎から垂れ下がったしずく型の花をそっとなでる。その花弁も、包み込むように寄り添う大きめの葉先も、宝石のように透き通った美しい花だった。


「……落ち着くんだ。土いじりしてると、嫌なことを忘れられる」

「嫌なこと、ですか?」


 押し黙ったディノを見てジェーンは失言だったと気づいた。慌てて口を押さえるも、もう取り返しがつかない。

 数少ない記憶を引っ掻き回して話題を探すジェーンの目に、ディノが次に持った苗が留まる。


「あっ、お花の名前はなんていうんですか!?」


 ディノはポットを外しながら答えた。


「レーゲンペルラ。別名、雨のしずく」

「雨のしずく……。ぴったりの名前ですね。本当に雨がそのままくっついてるみたいです」


 雨粒を受けて、ますます透明に輝く花にジェーンは見惚れる。ゆううつな雨も美しい光に変えるレーゲンペルラの花が、雨雲垂れ込めるこの心を照らしてくれる気がした。


「あんた、手を動かせ。終業時間は過ぎてもいいが、日が暮れたら作業できなくなるんだぞ」

「わっ。そうですね……! すみませんっ、がんばります!」




 少し休憩にしよう。

 ブレイドの声が聞こえて顔を上げると、陽光には黄金こがね色が帯びていた。雨もいつの間にかやみ、雲間からやわらかな光が差している。


「もう夕方……?」

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