260 ジェーンの失敗⑤

――きみは一体誰なんだ。

――きみを愛してる。


 同じ手に突き放され、同じ声で愛をささやく。

 肩に触れられた瞬間、ジェーンは目の前の胸板を夢中で突き飛ばした。その時無意識に放った魔力が、相手の青い服を凍結させ砕く。

 ガラスの割れるような音に、あたりはシンと時を止めていた。

 ジェーンは気がつけば肩で息をしていた。レッスン着に戻ったダグラスが瞬きも忘れてジェーンを見ていた。やがて、時の呪縛から抜けたルークやプルメリアが、ダグラスを案じる。

 周りにいた他の部員たちもカレンも、動揺を隠せない面持ちでジェーンを囲んでいた。


「あっ、あっ、ごめんね! ジェーン今日ちょっと調子悪くて……! 連続で衣装創ってくれてたのもあって疲れたみたい。ちょっと休むね!」


 そこへ人垣を掻き分けてきたクリスが、ジェーンとダグラスの間に割って入ってきた。クリスはジェーンの手を取って、足早に倉庫から連れ出してくれる。

 それをダグラスは黙って見送った。彼は怒っていたのか、クリスの言い訳を信じて同情していたのか。ジェーンはついに振り返る勇気が持てなかった。




「今日はもう終わりにすっか」


 ガーデン閉園後。原っぱにある実際のステージで、魔法演出の確認と練習をおこなっていたジェーンは、演劇部部長ジャスパーのその言葉に目をまるくした。

 まだ三回しか練習していない。休憩を挟むならまだしも、ジェーンの魔力も日没までの時間もたっぷりと残っていた。


「なにか、違いましたか?」


 昼間、ダグラスにしてしまった失敗が過り、ジェーンは不安になる。


「いや、その逆なんだわ。指摘するところがない。速度も形も大きさも、全部俺の注文通り。これ以上は俺たちだけでやってもしょうがないから、あとの時間は演者たちとの合わせに使いたい」


 そういうことかと息をつき、ジェーンは舞台から下りる。靴底が青々と繁る芝生を踏み締めると同時に、シャルドネの魔法として創り出した結晶たちが露と消えていく。

 ジェーンはジャスパーの横を通り過ぎた。てっきりついてくるものと思っていたが、微動だにしない気配に足を止める。

 ジャスパーは白煙となって夏空に昇っていく結晶を見上げていた。

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