304 家族になろうよ③
開いて中身を見るほどの余裕はなかった。しかしうっすらと印刷の線が透け見えた。赤色の四角い空欄がたくさん並んだ、なんらかの書類だ。
だが養子縁組の手続き書とは枠線の色が違う。
「……ディノくん。本当に靴ひもを結んでいただけかな?」
「そろそろ始業時間だから行く。話はまたあとだ」
カップをローテーブルに置いて、あえてゆったりと扉へ向かう。ロンに聞かれそうなほど心拍が上がっていた。ドアノブまでの数歩がやけに遠い。
視線が背中に刺さる。
「ディノくん」
ドアノブに手をかけた時、呼び止められた。振り向くとロンはにっこり微笑む。
「いってらっしゃい。怪我しないようにね」
「どの口が言うんだ」
声が少し、震えた気がした。しかしロンはそれ以上なにも言わなかった。
朝日に照らされた大地の国の街並みを見ていると、今まで薄暗い悪夢の中にいたんじゃないかと錯覚する。
外階段を駆け下りて、震える手で口元を押さえた。
「あれはきっと、婚姻届だ……」
* * *
十月三十日。
ジェーンはクリスも交えてジャスパーとショーのグランドフィナーレについて、最終打ち合わせをしていた。ジャスパーが観客への感謝を込めて、特別なことをしたいと言い出したからだ。
「じゃあ、こういうのはどうでしょうか」
ジェーンはクリスとジャスパーを手招いて、こそこそと案を話した。クリスが笑顔でうなずく。
「それいいね。日づけを入れたらどうかな。記念品になるよ」
「俺も賛成だが、なんでこそこそ話すんだ?」
ジャスパーに指摘されてジェーンは、あっと口を押さえた。
「サプライズ演出なので、つい……」
演者にまで秘密にするつもりか、と三人でくすくす笑う。と、そこへ扉の開く大きな音がした。目を向けると園芸部部長ブレイドがきょろきょろと稽古場を見回している。
意外な人物の来訪に驚くジェーンとブレイドの目が合った。すると彼はまっすぐにこちらへ向かってくる。
「ディノを知らないか」
ブレイドは焦りの色を隠せない表情で言った。
「今朝、出勤してないんだ。家に電話を入れたが出ない」
「え……」
「ジェーンは確か、あいつとルームシェアしてるんだよな。今朝あいつは具合悪そうにしていたか?」
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