118 芽生えるナニカ③

 目も合わせないまま、ディノは体でダグラスからジェーンを隠す。彼の片手がそっと細腰に回り、ジェーンの白い指がびくりと跳ねるのを見て、ダグラスは詰め寄った。


「ディノ! やめろって言ってるだろ!」


 肩を掴み、振り向かせる。するとディノはへらりと笑ってパッとジェーンを離した。


「冗談だ。そんな怖い顔すんなよ」


 ダグラスのいぶかしむ視線をかわして、ディノはキッチンを出ていく。まだ言いたいことはあったが、ダグラスは胸元の服を握って強張るジェーンに向き直った。


「だいじょうぶか……?」

「ありがとうございます、ダグラス。助かりました」

「なにが、あったんだ?」


 聞いてもいいか迷いつつ言葉にする。そっとうかがったジェーンの顔は意外にもきょとんとしていた。


「それが、クッキーを俺にも寄越せと言われたんです」


 彼女は困ったように視線を下げてつづける。


「ディノも食べたかったんですね。でも材料はないし、何度も失敗したからもう金銭的余裕も……」


 そこまで言ってハッとこちらを向き「失敗したのは二回だけです! 二回だけ」と怪しい弁明をしてくる。ダグラスはとりあえずジェーンをなだめ、苦笑う。


「えっとお。さっきのディノのこと、あんまり気にしてない?」

「ディノはだいたいあの調子です。すぐ冗談を言ってからかうんです」

「ああ、それで……」


 ダグラスは思わずディノが出ていった扉を見やる。

 確かにディノがジェーンにちょっかいをかけているところは何度か見てきた。それらはダグラスの目にも悪ふさげ程度に映っていたが、先ほどのは違うものを感じた。

 ダグラスを一瞥した視線、ジェーンを囲い込む腕、「冗談だ」と口にした笑み。ダグラスにはどれも動物の威嚇行動のように思えた。


「まあ、ジェーンが気にしてないならそれでいいか」

「心配してくれてありがとうございます。助けてくれてうれしかったです」


 小首をかしげるジェーンのやわらかな微笑みに、ダグラスは小さく息を詰める。なぜだろう。今になってびくりと跳ねた彼女の細い指を思い出し、胸がざわめく。


「また困ったらいつでも言って」


 心臓をそろりとなで上げたものには気づかないふりをして、ダグラスは笑みを返した。

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