第9章 ひとりで耐える夜

280 It's show time①

 夕闇迫るクリエイション・マジック・ガーデンで、客たちは原っぱ中央に鎮座するステージ前に集まっていた。

 抑えきれない興奮と期待のこもったささやき声が、そわそわとあたりに満ちる。対して、眼前の舞台は不気味なほど静けさを湛えていた。

 ハロウィンショー初公演時間まで五分を切った。もう演者たちは裏で待機していていいはずだ。なのに気配を感じない。ステージから物音ひとつしない。

 一抹の不安を覚えたひとりの客が、手を絡め合わせる。そのただれた皮と血のついた手首にはめられた腕時計が、刻一刻と針を刻む。

 あと三分……二分……一。

 その時ステージが突然、紫色にライトアップされた。すると派手な黒衣に身を包んだ美女がどこからともなく現れる。彼女はまるで最初からそこにいたと言わんばかりに、中央に座っていた。

 深いスリットの入ったスカートから惜しげもなく足をさらし、怪しく妖艶なまつ毛を羽ばたかせ、ため息をついては角が生えた頭を気怠く振る。

 音楽が流れはじめた。アンティーク調に一音ずつ爪弾くような調べだ。黒衣の美女が動く。すると彼女が腰かけていた黒水晶も寄り添うように動き出し、観客たちはどよめいた。


 ああ ステキな月夜ですね

 他愛もないあいさつのように

 愛をささやく

 信じて だまされて

 夢を見るのはもうたくさん


 誰になんと言われようと

 好きに振る舞うの

 世界中の宝石も あの月も私のもの

 ひざまづいて こびなさい

 キスかツメか選んであげるわ


 ひりつくほど刻みつけさせて

 シャルドネ それが私よ


 アンニュイな導入から一変、挑むようなサビに入り黒衣の美女――シャルドネの動きも激しく、扇情的になる。シャルドネがしな垂れかかり身を寄せ、すり寄る黒水晶は若木のように成長していく。

 ついには水晶の一角が屈強に肥大し、そこへ腰かけたシャルドネを宙へ持ち上げた。主の歌声、そこに込められた野心と欲望に応えて、黒水晶は留まることを知らない。

 群となった先塔は舞台から踊り出て、観客の頭上でキラキラと瞬く。錐面ファセットと柱面の間を舞うシャルドネを抱いて上へ上へ、脈拍を打つかのように紫閃しせんをほとばしらせて天を衝く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る